幕間「人喰いミズコさんの実話」その5
通常であれば、最後の一言は『これで白状しなかったら、お前はこっちを信用していないと明言したも同然だぞ?そうなったらこれまでの様な関係ではいられないからな?それが嫌なら、分かってるよな?』という謂わば脅しであり、駆け引きの一種である。
しかしながら、言ったのが麗奈となると、これは十中八九、言葉通りの意味だ。私が麗奈を信用していないというのであれば、それは仕方がないと本気で思っている。
であるが故に、尚更厄介である。相手が駆け引きを仕掛けてくるなら、こちらも遠慮無く駆け引きで返せるのだが。相手が本気だとそうもいかない。
何れにせよ、こうなってしまうともう、白を切ったところで白々しいだけである。
結局、私は、事件のことを話した。
「……だいたいはね、あの記事に書いてある通りだよ。ただ、私が本当に家族の死体を食べたのかについては、分からない。私には、あの時の記憶が無いから……。事件を担当した刑事さんの一人が私のことを気にかけてくれててさ、中学の時、その人のところに、本当のところはどうだったのか聞きに行ってみたこともあるんだよ。『馬鹿なことを言っちゃいけない。あんなまともじゃないゴシップ誌の書く話なんて真に受けちゃいけない』ってちょっと怒った感じで言われちゃった」
「その人の言う通りだよ!あんな記事書くなんてまともな雑誌じゃない」
「そう、まともな雑誌だったら、あんなことは書かないよね。……たとえ、それが事実でも」
「瑠々……」
「そして、まともな刑事だったら、あの記事に書かれてることが本当だなんてまず言わない。たとえ、それが事実でも。だからね、結局、本当のところは分からないんだ。私は、本当にお父さんやお母さんや、弟の死体を食べたのかもしれない。……それに、たとえそれが嘘だったとしても、弟を私が見殺しにしたことに変わりはないし。私があんな風に閉じ籠もったりしなければ、お母さん達はともかく、弟は……」
気が付くと、麗奈に抱きしめられていた。
「……瑠々は悪くない。悪いのは、瑠々じゃないよ」
麗奈は涙声になっていた。
「……何で、私より先に泣くかな」
こうして私は、一番の親友である麗奈には、全てを明かした。
……ように見せかけた。
これまで見せてこなかった面の多くを語ることで、逆に一番知られたくない点については見抜かれないよう、麗奈の目を眩ませたのだ。
麗奈が、私が話したことを言いふらしたりすることを警戒したわけではない。
彼女のことをそんな人間だと
麗奈は生真面目で、情に厚く、思いやりに溢れる温かな心の持ち主だ。友人の悪い噂を流すような人間ではない。
そんな麗奈が相手だったからこそ、けっして見抜かれるわけにはいかないことがあった。
それは、何故私が、他人に見られることについてトラウマを抱える一方で、肉を食べることには何の支障も無いのか、ということだ。家族の死体を食べたかもしれないことがトラウマの原因なら、そちらにも抵抗があって然るべきではないか。
その答えは簡単で、それは、実際のところ私が最も気にしているのは、家族の死体を食べたかもしれないことでも、弟を殺して食べたかもしれないことでも、弟を見殺しにしたことでもなく、それらがバレた時、自分が周りからどんな目で見られるか、だからだ。
人間は、自分ができることができない人間には冷酷だ。
勤勉な人間ほど怠惰な人間に冷酷であり、有能な人間ほど無能な人間に冷酷だ。
勤勉だが有能ではない人間は、自分と同じく勤勉だが有能ではない人間には優しいが、怠惰な人間には冷酷だ。その怠惰な人間が有能であってもそれは変わらない。
逆に、怠惰だが有能な人間は、無能な人間に対して冷酷であり、その無能な人間が勤勉であってもそれは変わらない。
同様に、温かな心をもち、心底他人を思いやれる人間は、それができない冷酷な人間に対しては冷酷だ。冷酷な人間は誰に対しても冷酷だが、冷酷な人間が他の冷酷な人間に対して冷酷である以上に、温かな心の持ち主は冷酷な人間に対して冷酷だ。
何故なら、冷酷な人間にとって他の冷酷な人間はあくまでも人間だが、温かな心の持ち主にとってはそうではない。彼らは、全ての人間が彼ら自身と同様に当然の如く温かな心を持っているものだと思っており、したがってそのような心を持っていない者は彼らにとって、もはや人間ではない。
理解不能な化物だ。
相手が化物なのだから、いくらでも冷酷になれる。
そして私も、言うなればそんな化物の一人だ。
少なくとも、私が家族の死体を食べたかもしれなかったり弟を見殺したりしたこと自体よりも、そんな自分がどう見られるかを気にしていると見抜かれれば、麗奈にとっての私は、そうなるだろう。
だから、見抜かれてはならない。見破られてはならない。そうなってしまえば、見下され、見限られ、見放される。私は、見切りをつけられる。
だから、私を見誤ってもらわなくてはならなかったのだ。
その後も私は、そうやって他人の目を誤魔化して生きてきた。
ずっとずっと、他人の目を欺いて生きてきた。
本当の私が、誰にも見つからないように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます