幕間「人喰いミズコさんの実話」その4
放課後、帰ろうとすると麗奈に声をかけられた。
「瑠々、今からちょっと良い?」
「良いけど、部活は?」
「今日は大事な用事があるから少し遅れるって顧問の先生には伝えてある」
胸騒ぎがした。わざわざ教師に連絡を入れ、部活に遅刻をしてまでする話となると、そう軽いものではないはずだ。
「えっ、えーと、何の話かな~?何も心当たりが無いけど」
嘘である。
本当は心当たりがあった。このタイミングとなると、昼休みに小卯芽がした話と無関係とは思えない。
しかし同時に、まさか見破られたはずはないという思いもあった。今の私は、あの写真とはまったくの別人に見えるはずである。その点については、自信があった。
「ここだと何だから、ちょっとついて来て」
そう言って連れて来られたのは、今は使用されていない旧部室棟の裏だった。こんな人気の無いところに呼び出す用事といったら、一般的には告白か不良によるリンチくらいのものである。不良によるリンチを一般的と言って良いのかは知らないが。
「こんな人のいない所に呼び出していったい何の……ハッ、もしかして告白?!……ごめん、麗奈。私、男女どっちでもいける方だけど、麗奈のことは友達としか見れないよ」
私はできるだけ軽い調子で茶化すように言った。しかし、麗奈はまったくとりあわず、単刀直入に、私の最も恐れていた一言を発した。
「今日、小卯芽がもってきた記事の三井田伊豆子って、あれ、瑠々だよね」
質問というよりは確認、確認というよりはむしろ単に事実を述べていると言っても良い口調だった。
「な、何で……?」
何でそんなおかしなこと言うの?そんなわけないじゃん、というつもりだったのだが、動揺のあまり言葉が途切れてしまい、そして麗奈はそれを『何で分かったのか?』という意味に受け取ったようだった。
「瑠々、今はだいぶ印象違ってるけど、小学校の頃はあんな感じだったし。まあ、あの記事の写真は髪が短くて眼鏡もかけてなかったけど。あの頃の瑠々の眼鏡、今もだけど、伊達だよね?顔の輪郭がレンズ越しのところでずれてないのに気がついて、何でそんなのかけてるんだろうって思ってたんだけど、顔の印象を変えるためだったんだね」
そうだった。グループで唯一小学校からいっしょだった麗奈は、小卯芽達とは違って、小学生の頃の私の顔を見ていたのだ。
それは私が引っ越した後、琴家瑠々になってからの外見で、そう簡単には記事の写真の三井田伊豆子とは見破られないくらいには印象は違っていたはずではある。
しかしそれはあくまでも“そう簡単には見破られないという程度”だと言うこともできる。今のように、完全に別人に見えると自信を持てるほどに違っているわけではない。あの時、麗奈は小卯芽の持って来た記事を目を細めてじっくりと見ていた。簡単には見破られない程度の違いはあっても、じっくり見られても見破られないほどには違っていなかったのかもしれない。
畜生、恨むぞ、小学生の私。なんでもっとしっかり外見に手を入れなかったのか。
しかしそうだとしても、数年前の記憶に残っているに過ぎない小学生の頃の私の姿を、あの写真と照合できるとは。おまけに、眼鏡が伊達であることにまで気づかれているとは。いったいどんな記憶力と観察力をしているのか。
私は返答に窮し、しばし逡巡した。
白を切るべきか。それとも、正直に話すべきか。
だが、そうこうしている間に、麗奈の方が言葉を続けた。
「まあでも、一番の理由は、この前瑠々にもらったゲームかな」
「ゲーム?」
確かに、二週間ほど前に麗奈にゲームソフトをあげた覚えはある。二年ほど前に遊んでいたもので、対応するハードの方が既に旧型のためもあって中古ソフト買い取りに出しても二束三文でしか売れないため、もう捨ててしまおうかと思っていたところ、麗奈が欲しいと言ったのであげたのだった。だが、あのゲームがいったい何だと言うのだ。
「あれを最初にやろうとした時、瑠々が前のセーブデータを消してなかったからいきなりラスボス直前だったんだけど、その時のプレイヤー名が“イズコ”だったんだよね。あの時は、漫画のキャラ名でも使ってるのかな、くらいにしか思わなかったんだけど、記事の写真が昔の瑠々に見えるって気付いた時に、思い出してさ」
恨むべきは小学生の頃ではなく、二年前、中学生の頃の私だった。何故よりにもよって本名をプレイヤー名にしたのか。間抜けすぎるだろう。
しかしよく考えてみたら、対人プレイなどが無く本来であれば他人にプレイヤー名が見られることはないゲームについては、今も本名を使っている。それに誰にも見られないところで本名を使うこと自体には問題は無かったはずで、一番間抜けなのはむしろそんなセーブデータを残したままソフトを他人に渡してしまった二週間前の私だろう。
つまり最も恨むべきは、小学生でも中学生でもなく、高校生になってからの自分だった。
「……別にさ、瑠々が言いたくないなら、無理矢理にでも聞き出そうなんてつもりは無いよ。ただ、本当のところを言ってくれてたら、今日だってもっと早めにフォローを入れられたわけだし」
そうか。
昼間、小卯芽にあの話を唐突に打ち切らせたのは、記事の写真が私だと気がついたからだったのか。
いや、薄々そんな気はしていた。ただ、普段の麗奈の言動から考えると、あの時言った通りの理由で打ち切らせたとしてもさほど不自然ではなかったため、判断がつかなかったのだ。
「……それにさ、もし私だったら、誰にも言えずに一人で秘密を抱えてるのは、つらいと思うし……誰か一人くらいは打ち明けられる相手がいた方が良いと思って……そう考えたら、瑠々と一番つきあいが長いのは私だし……。私にそこまでの信用が無いんだったら、それは仕方ないけど……」
最後の方は声が小さくなっていた。
私は、天を仰いだ。
これは困った。
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