幕間「人喰いミズコさんの実話」その1

「……以上が『人喰いミズコさんの噂』です!どう?怖かった?……って自分で聞いといてなんだけど、瑠々ちゃんそんなに怖かったの?!顔色すっごい悪いよ」


 私は、我に返った。

「ちょー怖かったよー。今日はもう怖くて夜に宿題とかできないから、責任とって私の分も小卯芽がやるんだよ」

「いやいや!何だその理屈。だいたい顔が笑ってるじゃん。本気で怖がってる人の顔じゃないし、それ」

 良かった、今度はちゃんと笑顔を作れていたようだ。まったく、私としたことが、一目で気づかれるほど顔色が変わっていたとは、迂闊だった。本心・本音・本当の自分……そういったものが表に出ないようにするスキルについては磨きに磨きをかけてきたつもりだったのだが、さすがに今回は不意打ち過ぎた。


 この話のミズコとは、私のことだ。


 といっても、話の後半はまるまる嘘である。衰弱し、心神喪失した状態で発見され、入院したところまでは本当だが、私が引き取られたのは孤児院ではなく親戚の家であり、もちろん、人肉の味が忘れられなくて人を殺したりもしていない。

 だが、それ以前の部分については、ほぼ事実だ。ほぼ、と表現したのは、一点、重要な部分が抜けていて、そしてそれとは別にもう一点、事実かどうか私にも分からない部分があるからである。


「でねー、小卯芽ちゃんとしてはこの話の元ネタを探さずにはいられなかったわけですよ、はい。で、頑張って探したら、こんなの見つけちゃいました」

 そう言って小卯芽は、どこかのホームページをプリントアウトしたと思しきものを机の上に広げた。

 それを見た瞬間、息が止まるかと思った。

 その内心が、また外見に表れていはしないかと、不安になった。


 それは、過去にあった猟奇事件の数々を取り上げているサイトだった。管理人は趣味でやっているらしいが、まったくもって悪趣味な人間もいたものである。そして、そのホームページには、ある週刊誌の記事をスキャンしたものが貼り付けられていた。

 一目で分かった。忘れもしない、それは、私の事件に人喰いの噂がつきまとうようになる、そのきっかけとなった記事だ。そしてなお悪いことに、その記事には当時の私の写真と本名まで載っていたのである。


 現在でもあまり自主規制できているとは言い難いマスコミだが、当時は今よりも更に酷く、しかもこの週刊誌はゴシップ誌とでも言うべき類のものだった。未成年による犯罪ならば犯人の名前は伏せられるが、この事件における私は、あくまでも“可哀想な被害者”なのだから、名前を伏せろと言われる謂れは無い、ということなのだろうか。記事内では、私は単なる可哀想な被害者としてはまったく扱われていないというのに。


 仮にこの週刊誌が私の名前と顔写真を載せていなかったとしても、リアルタイムでこの事件の報道を見ていた人間には、すぐに誰のことか分かったことだろう。なにしろ、この記事で書かれているような噂はまったく扱っていないもっとお上品なマスコミも、私の名前と顔写真は、それこそ“可哀想な被害者”としてさんざん報道していたのだから。

 だが、こうして事件が過去のものとなると、くだんの噂と私の顔写真ならびに名前が全て一つの記事内に存在するという点は思った以上に痛手だった。これが人喰いの噂だけ書かれているのであれば、たとえ当時の新聞を探せば名前と顔が分かるとはいっても、そこまでの労力をかける人間の数はぐっと減るだろう。


 とはいえ、この記事に私の本名と顔写真が載せられているからといって、書かれているのがここにいる私のことだと小卯芽達が気づく可能性はほとんど無いと私は踏んでいた。今の私は、名前も外見も、当時とはすっかり別物になっているはずだからだ。

 そうなるきっかけとなった出来事は、養父母となった親戚の家に移り、新しい学校に通い始めてから半月後に起こった。

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