第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-8
混乱しながらも海面に顔を出し、何とか息を整えた。
そして、そんなことをしている場合ではないことに気づく。
新たな海蛇が出てきたということは、また襲ってくるに違いない。このままここにいては、今度こそ海中に引きずり込まれ、食べられてしまってもおかしくない。
だが、船は船で、未だ健在の二頭目と新たに現れた四頭目に挟まれて絶体絶命のようだった。これでは私を引き揚げている余裕などないのではないか。そう考えると、悪寒がはしった。
もし、この海のど真ん中、しかも巨大海蛇が何頭出てくるかも分からないところに置き去りにされてしまったら、どうする?
どうするも何も無い、溺れ死ぬが食い殺されるかの二つに一つではないか。
何とかして船上に戻らなくては。だが、どうやって?救命胴衣のおかげですぐには溺れずに済みそうだが、船上に上がる手段まで持っているわけではない。やはり船にいる有馬達に引き揚げてもらうしかないが、海蛇のいる状態ではあちらにもそんな余裕も無いわけで……畜生、思考が堂々巡りだ!
私が内心で舌打ちをするやいなや、今度は下方から爆音と衝撃波が伝わってきた。
今度は何だ?!
私は
水音をたてて目の前に何かが落ちた。見ると、船から縄梯子が降ろされている。
「早くそれに掴まれ!連中、一度は撤退したがいつまたやってくるか分からない。こっちも一度引き返して作戦を練り直す!」
頭上から有馬の声が降ってきた。
私は慌てて縄梯子を昇る。水から体を上げると、
「イトウ君、出してくれ!」
全身から垂れる滴で甲板を濡らしながらへたり込んでいると、背後で水音があがった。振り返ると、海蛇達が海面に顔を出していた。その数、四頭。
しかしその頃には、既に船はその場を立ち去りつつあった。海蛇達が追ってくる様子は無い。とりあえずは一安心だが、有馬は険しい顔でぶつぶつ呟きながら、スピアガンに新しいスピアをセットしている。
「あのシーサーペント、群れで連携して襲ってきた……?蛇は単独で生活する生物のはず……現生爬虫類で群れで狩りをするものといえば、せいぜいワニの一部くらいだが……」
「そんな細かいことどうだって良いじゃん!あの海蛇、目はすぐに再生するし何も無い海底に突然現れたり消えたりするししそんな普通の蛇の常識が通用するような相手じゃないよ!」
巨大海蛇に襲われるは海に落ちるわで気が立っていた私は、思わず叫んだ。
「目が再生……?それはもしかして、二頭目のことか?」
私は無言で頷く。
「じゃあ、やっぱりスピアが片目を抉ったように見えたのは見間違いじゃなかったのか……?いや、だがあのすぐ後に二頭目を見た時、ちゃんと目はあったぞ。スピアで撃ってから一分も経っていなかったはずだ」
「だから、その間に再生したんでしょ。トカゲの尻尾とか再生するし、蛇なんてトカゲと似たようなもんじゃん」
「ありえない。まずトカゲと違って蛇の尾は再生しないし、そもそもトカゲだって尾が再生するのは一部の種類だけだ。ましてや目の再生なんてトカゲにも無理だ。イモリなら目の再生も可能だが、イモリは両生類で爬虫類である蛇とはまったく違う生物だしな。だがそれより何より、再生速度が問題だ。いいか、映画や漫画に出てくる遺伝子改変生物とかは切り落とされた手足が一瞬で生えてきたりするが、現実には再生能力を持つ生物であっても、再生には何週間もかかる。そもそも失った体の一部を再生するには、細胞が増殖し、それだけではなく、適切な種類の細胞に分化することが必要だ。そして細胞の増殖速度は、全生物界で最速レベルであるビブリオ属の細菌でも十分弱に一回。単純な細菌であっても、増殖にはDNAの複製やタンパク質の合成が必要である以上、それくらいはかかるんだ。ましてや細菌より複雑でゲノムサイズも大きい動物細胞の増殖速度となると圧倒的に遅い。たとえあのシーサーペントが遺伝子改変された生物兵器だったとしても、どんな生物の遺伝子が追加されていようが一分も経たないうちに再生するなんてことは原理的に無理だ。それではギリシア神話のヒュドラだ。生物ではなくて魔物だ。UMAは未確認なだけで、飽くまでも生物なんだぞ」
「じゃああれはUMAじゃなくて魔物なんでしょ!突然消えたり現れたりするし!」
「さっきも言っていたが、なんだその消えたり現れたりするというのは?」
私は、さっき海に落ちた時に見たものについて話した。
「何も無い海底から突然現れたり消えたりした?そんな馬鹿な。海底の砂の中に身を潜めていたのが出てきたのが突然現れたように見えたとか、そんなところだろう」
有馬は私の証言をまったく取り合わない。だが、あれは砂の中から出てきたとか再び潜ったとかそんなのとは断じて違う。だいたい、あそこの海底はあんな巨大な蛇が潜り込めるような砂地ではなかった。
その後も船が岸に着くまで私達は議論を重ねたが、有馬は数秒で目が再生することも突然現れたり消えたりすることも有り得ないと言って譲らなかった。UMA探偵などという非常識な職業についていながら、この男、存外に頭が固い。
「仕留めたか、有馬?」
テントに戻るやいなや、カクコが声をかけてきた。それに対し、有馬はスピアガンを置きながら頭を振る。
「駄目だ、しくじった。いや、二頭は仕留めたから、仕留めていないというわけでもないが、まだ何頭もいる、というか、あと何頭いるのかも分からん。作戦を練り直す必要がある」
麻倉がつかつかと歩み寄ってきた。
「ちゃんと撮影できたんだろうな?」
自分は安全圏にいておきながら、勝手なことばかり言う。私は聞こえよがしに溜息をついてから応えた。
「撮れましたよ。ね、矢部っち?」
「え、あ、はい」
「これでもう良いでしょ」
「それは映像を見てから決める。あのUMA探偵とやらももう一度行くみたいだし、映像の迫力が足りないようだったらお前らにももう一度行ってもらう」
「はあぁ?!何言ってるんですか?!」
麻倉は私の抗議などどこ吹く風といった様子でふん、と鼻を鳴らした。
「俺はこれから映像をチェックするから、お前はその間にその格好を何とかしておけ。服が濡れてるだけならまだしも、お前程度の顔じゃ化粧が落ちてると見苦しいったらないぞ」
化粧が、落ちてる?
麻倉のその言葉は、言った当人にとってはいつもの憎まれ口の一環に過ぎなかったかもしれない。だが、私はそれを聞いて棒立ちになった。
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