第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-6
「そういえば、結局そのケースの中身は何なんですか?」
船へと向かう道すがら、矢部が尋ねた。
結局、私と矢部は麻倉に押し切られ、有馬について巨大海蛇の撮影に再度挑戦することになったのである。矢部は麻倉に対して特に反論しなかったので、押し切られたのは実質私一人だが。畜生、あの男に弱みさえ握られていなければ。
「これかい?」
有馬は立ち止まり、その場でケースを開けてみせた。中には銃らしきものが入っていた。拳銃ではなく、猟銃や時代劇で見る火縄銃の様な長い形状をしている。
「98種類あるUMA探偵七つ道具の一つ、スピアガンだ。通常のスピアガンは銛を撃ち出して魚を刺すためだけのものだが、これはUMA探偵協会が開発した特別仕様でね。爆薬のカートリッジ付きの銛を撃ち出すことで、小さめの銛で大型のUMAも仕留めることができる。まあ、普段は麻痺薬を注入するタイプの銛を使う場合の方が多いのだがね。ちなみに、いくら撃ち出す銛が小さめとは言っても、普通の銃弾と比べれば大きいから、三連射までしかできない」
「三連射?それで本当に大丈夫なんですか?三発とも外しちゃったらどうするんです?!」
「おいおい、UMA探偵界のシモ・ヘイヘと言われた私の射撃スキルを知らないのかい?あんな大きい的に命中させるのなんて、三発どころか一発で十分なくらいさ」
まるで知っているのが当然かのように知らないのかい、と聞かれたが、そもそもこちとらUMA探偵などというもの自体今日初めて聞いたのだ。有馬がUMA探偵界で何と呼ばれているのかなど知るわけがない。
「まあ大船に乗ったつもりで……この船は小さいが……見ていれば良いさ。私がシーサーペントを一発で仕留めるところをね!」
私達を乗せた船は、イトウの操舵で先刻巨大海蛇を目撃した地点を目指した。
「イトウ君、そろそろ船を止めてくれないか?」
船は徐々に減速し、しばらくしてから止まった。車は急に止まれないとはよく言うが、しっかりした地面と接していない分、船は車以上にすぐには止まれないらしい。
「さて、ちょうどこのあたりがさっきシーサーペントが出たところだが」
有馬はスピアガンを構えて海面に目を凝らしている。
「せっかく同乗しているんだから、そこの魚群探知機と水中カメラの映像をチェックしておいてくれないか?このあたりの海は透明度が高いし、魚群探知機ではそこにいるのが何かが明確に分かるわけではないから、水中カメラだけでも十分かもしれない。もっとも、官憲の邪魔が入ったりしたせいで結構時間が経ってしまったから、もうこのあたりから去ってしまった可能性は高いだろうな。元々の目撃証言と同じあたりに現れたことから考えて、恐らくはこのあたりを縄張りにしてはいるんだろうが、だからと言ってさっきとまったく同じ場所に出現するなんてことはさすがに……」
有馬の言葉の後半は、ほとんど頭に入ってこなかった。私は、半ば呆然としながら、目の前のモニターに移しだされた水中カメラの映像に見入っていた。
何だ、これは。
いったい、どういうことなんだ?!
そして、ハッと我に返って叫んだ。
「でっ、出ました!」
「えっ?!」
有馬が驚きの声をあげた。この男が素の感情を表に出すのを見たのはこれが初めてかもしれないな、と頭の片隅で思った。その有馬の目の前で、海面が持ち上がったかと思うと、青と黒の縞模様が現れた。奴だ。
「矢部っち、カメラ!」
私よりも少し長く呆気にとられていた矢部は、その言葉で慌ててカメラを構えた。スクープ映像で麻倉を喜ばせてなどやりたくはないが、撮影できるまで何度もこいつを探しに行かなくてはならないなら、さっさと終わらせてしまった方が良い。
「テ、テレビの前の皆さん、あれをご覧ください!巨大海蛇の噂は真実」
必死でリポートしながら、私は奇妙なことに気がついた。この海蛇は船上の人間を襲って食べるために現れたものと思っていたのだが、そのわりにはこちらを見ていないのだ。爬虫類の目なんて、元々どこを見ているか分からないものだが、顔自体がどちらかというと船尾の方を向いている。しかしそこには誰もいない。それとも、海蛇の気を惹く人間以外の何かがあるのだろうか?
そんなことを考えていると、そのどこを見ているのか分からない目のまま、海蛇の頭が船に向かって振り下ろされてきた。一回目にこの海蛇と遭遇した時と同じ攻撃。だが、結果は一回目とは違った。直後、爆音とともに海蛇の頭部が弾け飛んだのだ。
驚いて思わずリポートを止めた私の顔に、べちゃべちゃっとしめった感触のものが飛んで来て張り付いた。反射的に手で拭うと、青白い肉片らしきものがついている。
「うわぁ、気持ち悪っ!」
私は慌ててそれを振り払う。
「……」
何だろう?
今、何か違和感を覚えた。
だが、考えてみれば、もはやどうでも良いことだ。巨大海蛇は死んだのだ。
頭部を破壊された海蛇の死体は、するすると静かに青い海へと沈んでいった。
するすると?
静かに?
ただの死体なら、重力に任せて倒れてくるはずではないのだろうか。あれではまるで、意思をもって撤退しているような……。いや、そんなわけがない。頭部を失っているというのに、いったいどこに意思があるというのだ。
「師匠、後ろッス!」
イトウが叫ぶと同時に、左後方から大きな水音がした。
「えっ……」
ウミヘビは死んだという油断から、咄嗟の判断が遅れた。振り向いた時には、既にウミヘビの頭部がこちらへ突進してくるところだった。大きさも模様も、さっき撃たれたヘビと全く同じ。だが、頭部のどこにも損傷は無い。
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