第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-5

「署までって、この島に警察署なんてないだろう?まさか本土まで今から戻れっていうのかい?困ったね、UMA探偵の仕事は一分一秒を争うのだよ。こうしている間にも、あの巨大海蛇に誰かが襲われているかもしれないのだから。仕方が無い、あまり手荒な真似はしたくなかったが…………イトウ君!」


 有馬の号令と同時に、イトウはやや前屈みになり、腕を前方斜め上に上げて肘と手首をほぼ直角に曲げるという妙な構えを取った。格闘ゲームのイロモノキャラのようでもあり、見ようによっては腕でウサギの耳を表現する子供向けのジェスチャーのようにも見える。

 いや、これはウサギの耳ではなくカマキリの鎌の表現かもしれない。とすると、もしかして、これがいわゆる蟷螂とうろう拳というやつなのだろうか。


 イトウは若干ではあるものの東雲より身長が低い上に、体つきもマッチョとは言い難く、どちらかというと貧相な部類に入るので、正直あまり強そうには見えない。こんな珍妙な構えでは尚更なおさらだ。

 しかし、ゴリラのようなマッチョはで、一見なよなよしてそうな奴が実は強キャラというのがバトルものではお約束である。有馬によるとイトウは政府極秘機関のエージェントということらしいから、こう見えてすごい戦闘技術を身につけているのかもしれない。


「ふふふ、このイトウアキラが本領発揮する機会がやってきたようッスね?この時を今か今かと待っていました。UMA探偵の師匠の邪魔立てをする不届き者はこの僕が許さないッスよ!さあ、横暴な権力の犬よ、それ以上UMA探偵の師匠には一歩も近づけさせないッス!師匠に手を出したくば、まずはこの僕を倒してから行くことッスね」


 そうは言うが、位置関係から言うとテントの入り口付近に東雲、中央に私や有馬、奥にイトウとカクコである。台詞とポジショニングがまったく合っていない。そういう台詞は、東雲と有馬の間に立って言うべきではないだろうか。

 しかし東雲は、私達の横を通り過ぎ、律儀にもイトウのすぐ正面までつかつかと歩み寄った。

 通り過ぎる時に普通に有馬に近づいているのだが、一歩も近づけさせないという話はいったいどこへ行ったのやら。


「逃げずにこの僕に立ち向かった度胸だけは買ってあげるッスよ。さあ、どこからでもかかってこ」

 言い終わらないうちに、イトウは回し蹴り一発でノックアウトされた。

 東雲は警官なのだから空手か何かの心得があるのかもしれないが、それにしても一撃にして一瞬である。あれだけ大口叩いておきながらあまりにもあっさり決着がついてしまったため、やられたふりなのかと疑いもしたが、しかし倒れたまま一向に起き上がる気配は無い。どうやら本気で失神しているようだ。


 それにしても、いくらどこからでもかかってこいと言われたとはいえ(実際には『かかってこ』までしか言えていないが)、自分からは手を出していない一般人に対して、警官があんな風に一方的に暴力をふるって問題にならないのだろうか。


「で、次はお前が戦うとでも言うのか、自称UMA探偵?」

 そう言って東雲が振り向こうとした時には、もうその背にワイヤーが突き刺さっていた。そして、一瞬の後には、東雲はその場に崩れ落ちた。ワイヤーはいつの間にか有馬が手にしていた銃のように見えるものから延びている。

「え?何それ?銃?警官殺しちゃったの??」


 有馬は飄々ひょうひょうとした態度を崩すことなく、肩をすくめてみせた。

「おいおい、愛と平和のUMA探偵・有馬勇真がそんな物騒な真似をするわけないだろう?これはワイヤー式スタンガンだよ。俗にテーザーガンとも言う。ワイヤーを通じて電流を流すことで、離れた相手の動きを止めることが可能だ。できるだけUMAを生け捕りにしたいUMA探偵にはうってつけの武器でね。91種類あるUMA探偵七つ道具の一つとして重宝している」


 物騒な真似をするわけないと言っているが、先に暴力を奮ったのは向こうとはいえ、そんな武器を使って警官を攻撃している時点で十二分に物騒だ。七つ道具のくせに何で91種類もあるのか、とかそんな分かりやすいところにはいちいちつっこまない。


 有馬はテーザーガンを懐にしまうと、倒れた東雲を手際良く縛り上げてしまった。東雲の体つきが良いこともあって、縛り上げられた様は女の私から見てもなかなかに扇情的だが、当の有馬はまったく意識していないようだ。麻倉がいやらしい目でじろじろ見たり、矢部が目を逸らしたりしているのとは対照的である。


「貴様、こんな真似をしてただで済むと思うなよ!」

 一応は愛と平和のUMA探偵を名乗るだけあって必要最低限の電流しか流さなかったのか、東雲は特に弱った様子も見せずに毒づいたが、縛られてしまっては後の祭りである。


「何を言っているんだ、君は。UMA捜索といえば、UMAを生物兵器に利用せんとする各国諜報機関やUMAを神と崇めるカルト教団、その他諸々の魑魅魍魎ちみもうりょうが渦巻く、死と隣り合わせの世界だよ。そんなところにのこのこ踏み込んで邪魔をしておきながらその程度で済んでいるのは、ひとえに私が良心的UMA探偵だからだ。これが国際UMA探偵協会にも属さない闇UMA探偵だったりしたら、今頃はシーサーペントを釣り上げるための生き餌にされているところさ」

 UMA探偵というのがそもそも極秘の職業のはずなのだが、更に闇UMA探偵などというものもあるらしい。もちろん、有馬の話が本当ならば、だが。

 それにしても、闇金融業者などと同じ方式でのネーミングなのだろうが、闇UMA探偵という言葉の中二病感がすごい。


 有馬はいつの間にか地面に置いていた91番のケースを担ぎ直した。

「さて、イトウ君、やられたふりはもう良いから、いっしょに来てくれないか?様子見をしただけのさっきとは違って、今度は私はシーサーペントを撃つ必要があるから、操舵は君にやってもらう必要がある」


 ここへきてイトウはようやくぴくりと動いた。しかし相変わらず地面に倒れ伏したままである。

「ふ……ふふ、僕が囮となってやられたふりをし、油断したところを師匠が攻撃する作戦、見事にうまくいったッスね」

「ああ、実にうまくいったよ。さすがはイトウ君だ」

「実はやられたふりがあまりにもうまくいきすぎて、自分でも痛くて動けないような気がするくらいなんですよ。真の演技者は他人のみならず己をも欺くというッスが、僕は自分で自分の才能が恐ろしいッス」


 結局、イトウが立ち上がれるようになるまで更に二十分ほどを要した。

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