第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-4

 振り返ると、警官の制服を着た若い女がこちらを睨みつけながら立っていた。百七十センチくらいありそうな長身かつ抜群のスタイルのせいで、本物の警官というよりモデルの一日署長のように見える。いや、モデルというよりはグラビアアイドルか?この胸の大きさだと、何を着せても服より胸の方に目がいってしまいそうだ。


もっとも、モデルにしろグラビアアイドルにしろ、一日署長というのは基本的に愛想良くしているもので、こんな敵意をみなぎらせた一日署長はいないだろう。

 別に警察に目をつけられるようなことをした覚えは無いのだが、いったい何故にこんな敵対的なのか。もしかすると、有馬あたりが指名手配犯なのだろうか。そうだとしてもおかしくない怪しさだとは言える。


「お前達、ここで何をしている?!」

 警官に険しい声と表情で詰問されても、有馬の方はまったくと言って良いほど余裕を崩さなかった。

「おやおや、何かと思ったら官憲か。このUMA探偵・有馬勇真に何かようかな?」

「UMA探偵……?」

 警官はいぶかしげな顔をした。それはまあ、そういう反応になるだろう。

「何だそれは?」


「フッ、分からないかね。まあ、警視総監レベルならともかく、君のような末端の巡査見習い補佐が知らないのも無理は無い。UMA探偵は極秘の存在だからな。だが説明しよう!UMA探偵とは、主に政府極秘機関からの依頼を受けてUnidentified Mysterious Animals、則ちUMAの捜索と捕獲、場合によっては駆除を行う専門家だ。中でもこの私、有馬勇真は数あるUMA探偵の中でも取り分け優秀だと評判が高い」

 有馬は相手が敵意をあらわにした警官でもまったく臆することなく、私達の時と同様にふさげた説明を行った。


「……馬鹿にしてるのか、貴様?そんな仕事があるわけないだろう」

「やれやれ、これだから自分の狭い世界の常識でしかものを考えられない頭の固い官憲は!わざわざこのUMA探偵が労力をかけて馬鹿にしなくても、既に十分馬鹿ではないか」

「貴様、やはり馬鹿にして……」

「だいたい、仮にUMA探偵が架空の職業だとしても、いったい私がいつ官憲に咎めだてされるような犯罪行為を行ったと言うんだい?ほら、言ってみたまえよ」


 警官は一瞬言葉に詰まった。おかしなことばかり言っている有馬だが、確かにこの点においては正論なので無理も無い。そのまま引き下がるかと思いきや、胸ポケットから警察手帳を取り出し、水戸黄門の印籠のようにこちらへ突き出してきた。


「私は県警の東雲真理巡査部長だ。……ちなみに、巡査見習い補佐などという階級は存在しないからな?この近辺に巨大な蛇が出没したという通報を受けて調査に来た。無論、大蛇が実際に出たなどと考えているわけではないが、そのように見える何かを使って善良な市民を怯えさせる悪質な悪戯を行っている者がいる可能性はあるからな。すると調査中に不審者を見つけたため、声をかけた次第だ」


 東雲と名乗った警官が、通報を受けた旨述べた時、麻倉が横目でこちらを睨みつけてきた。私と矢部はそれに対して首を振ってみせ、東雲に聞こえないよう小声で反駁した。

「違いますよ」

「だいたい、私達が通報したにしては来るのが早すぎです」


 この入道ヶ島は無人島だから、当然のこと警察署はもちろん派出所すら無い。仮に巨大海蛇を振り切って島に戻ってすぐ通報したとしても、こんなすぐに警察が到着するはずがないのだ。となると、東雲の言う通報とは恐らく、私達にメールを送ってきた情報提供者によるものだ。確かにメールにも、警察に通報したとは書いてあった。もっとも、警察にはまともにとりあってもらえなかったともあったが。


「不審者?ああ、そこの三人のことかな。彼らは巨大海蛇を撮影しに来たパパラッチだよ。まあ確かにお天道様に顔向けできる職業かと問われたら微妙なところだが、不審とまで言ってしまうのは不憫というものだよ」


 警察手帳を胸ポケットに戻そうとして、制服の胸元がはちきれそうになっているせいで中々ポケットに入らず苦労していた東雲は、手を止めてジト目で有馬を見た。

「いや、どう考えてもお前の方が怪しいだろう」

 そう言った後で、カクコの方を見て、言葉を付け足した。

「一番怪しいのは、そっちの黒尽くめだが」


 有馬は相変わらずのオーバーリアクションで天を仰いでみせた。

「やれやれ、これだから下っ端官憲は。熊とイエティを見間違うとかアオジタトカゲとツチノコを見間違うとかならまだ分かるが、このUMA探偵・有馬勇真を不審者と見間違うなど、鯖とネッシーを見間違うようなものだぞ?まあどのみち、官憲が不審者を探す必要などないのだよ。何故なら、シーサーペントはけっして悪質な悪戯などではなく、実際に出現したのだから。故に、ここから先は犯罪者を相手にする官憲ではなく、UMAを専門とするUMA探偵の出番だ。さあ、それが分かったら官憲はさっさと帰った帰った」


 有馬はしっしっと犬を追い払うかのような仕草をしたが、それは東雲の神経を更に逆撫でしたらしく――逆撫でして当然なのだが――東雲は帰るどころかいっそう態度を硬化させた。

「大蛇が実際に出たなどと見え透いた嘘をついて警察を追い払おうとするとは、ますます不審だな。署まで同行願おうか?」

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