第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-3

「あの特徴的な青と黒のしま模様……間違い無く、あれはエラブウミヘビだ。もっとも、エラブウミヘビの全長は一メートル前後といったところで、あれほど巨大なものは通常有り得ないがね。海面上に出ている部分だけしか見えなかったから全長は分からないが、下手すると現在生息する蛇の中で最大級のオオアナコンダやアミメニシキヘビを超えるんじゃあないだろうか。しかもエラブウミヘビは本来、毒こそあれどおとなしい性質の持ち主なのだが、あのシーサーペントは積極的にこちらを攻撃してきた。サイズだけでなく、性質の方も通常のエラブウミヘビとは大きくかけ離れているようだ」

 今、何か聞き捨てならないことを聞いた気がした。


「ちょ、ちょっと待った、今、毒があるとか言いませんでした?!」

「おや、知らなかったのかな?エラブウミヘビを含め、海蛇というのは蛇の中でもコブラ科に属し、コブラと同様、その牙には神経毒がある。ちなみに、名前にウミヘビとついていてもダイナンウミヘビのようなウナギ目ウミヘビ科の魚は、爬虫類の海蛇とは全くの別物で、こちらは毒も持たない」

 後半の豆知識はどうだって良い。重要なのは、あの蛇はあれほど巨大な上に、更には毒まで持っているという点だ。そんなものを撮影しに行くなんて、命がいくつあっても足りない。


「聞きました、班長!?毒があるんですよ、毒!あんなの撮影しに行ってられないですよ!」

「馬鹿野郎、命をかけてこそジャーナリストだ。少しは戦場カメラマンとかを見習ったらどうだ?!」

 そういう台詞は、自分がまず命をかけてから言うべきだろう。


 だいたい、これでも私はたかが動画配信サービスのリポーターにしては、随分ずいぶんと危険を潜り抜けてきた方である。ライオンの住むサバンナだのヒグマの出る山だのにだって謎の生物やら謎の遺跡やらを探しにおもむいたことがあるのだ。危険地帯に行く機会があまりにも多いため、用心のために猟銃のライセンスを取ったりしたくらいである。


「随分とショックを受けているようだけど、あのサイズの蛇に咬みつかれた日には毒があろうと無かろうと、どのみち助かる確率は低いから、あまり変わらない気はするよ」

「ほら見ろ、毒なんてあっても無くてもあまり変わらないって言ってるじゃねぇか」

「いやいやいや、どっちにしろ危険って言ってますよね?!」


「まあそっちのことはそっちで勝手に相談して決めてくれたまえよ。ところカクコさん、どうするね?」

 何か考え込んでいる様子だったカクコは、有馬の言葉で我に返ったように顔を上げた。

 ……顔は見えないので、実際のところは考え込んでいるのかも我に返ったのかもよくは分からないが。


「どうするというのは……何がだ?」

「何って、あのシーサーペントのことだよ。何もしないのか、皮膚の一部とかそういうサンプルだけを採取してシーサーペント自体は放置するのか、生け捕りにするのか、それとも駆除するのか。さっきそこの彼らにも言ったように、巨大で攻撃的な上に毒もあって……いや、毒があるというのは、普通のエラブウミヘビからの推測で、あれは普通ではないから毒は無いかもしれないが……なにしろ、毒というのは多くの場合、小さめの生物が使う武器で、蛇でもニシキヘビやボアのような大型の蛇に毒は無いし、あのエラブウミヘビがどういう経緯を経て大型化したのかは知らないけど、その過程で毒を失った可能性も……いや、話が逸れた。ともかく、近づくには危険がともなう相手だから、目的をはっきりさせた上でのぞみたいと、そういうことさ」

「いや、今少し考えていたのだが、その蛇、青と黒の縞模様だったんだな?」

「だからそういったと思うけどね?」

「そうか……。巨大な蛇というから、てっきりキーコ ル ケ ア だと思ったのだが……」

 カクコは妙な音としか表現しようのないものを口にした。文脈から考えて、何か巨大な蛇っぽいものの名前なのだろうが、ところどころで変な間をおいたのは何故だろう。


「キーコルケア?何だい、それは??」

「キーコルケア?全然違う。そうではなく、キー……いや、何でもない、忘れてくれ。今のは言うべきではなかった」

「政府の極秘機関の極秘事項というわけだ?」

「だから、私はそのような者でないないと、何度言ったら……いや、もう良い。とにかく、私の想定していたものとは違うようだから、お前の方で好きに……いやしかし、ここの環境のせいで体色が変化した可能性もあるのか?一メートル前後の蛇が急に巨大化するよりは、その可能性の方が……」

 カクコはしばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、決断を下した。

「万が一ということもある、仕留めた方が良いだろう」


「UMA探偵としては、いたずらにUMAを殺すことは気が進まないのだが、そのキーコルケア?というのはそんなに放置するとまずいものなのかい?」

「だから、キーコルケアなどという名前ではないし、それはもう忘れろと言ったはずだ」

「UMA探偵の師匠、よく考えてく欲しいッス」

 ここで、これまで議論に加わっていなかったイトウが割って入った。


「相手は人を積極的に襲う巨大な毒蛇ッスよ?少なくとも放置するっていうわけにはいかないでしょう。となると、生け捕りにするか駆除するしかないッスが、師匠はそれ、生け捕りにできるんですか?」

 有馬は眉間に皺を寄せて、困ったように頭を掻いた。

「……まあ、正直言って自信は無い」

「麻酔銃とかじゃ駄目なのか?生きた奴が捕まった方が、こっちとしてはニュースバリューが上がるんだが」

 麻倉が口を挟んだ。自分は危険地帯におもむかないのを良いことに、勝手なことを言っている。


「麻酔銃というのは、それほど完璧なものじゃあないんだよ。麻酔薬の適量は動物の大きさと種類によって変わるからね。量が多過ぎると死んでしまうが、少な過ぎたら少な過ぎたで、今度は麻酔が効かなくてこちらの方が危険だ。あのシーサーペントは全体のサイズもまだ分からない上に、あれほどイレギュラーな存在となると、麻酔の効きやすさも通常のエラブウミヘビと同じとは限らない。もう少し危険性の低い生物なら、少量ずつ試してみることも可能だが、あの攻撃力と攻撃性だと、その間にこっちがやられかねないな。仕方無い、今回はこれを使うことになりそうだ」

 有馬は折りたたみ式テーブルの下に積まれていた黒いケースの一つを引っ張り出した。ケースには『91』という番号が振られている。


「何ですか、それ?」

「これかい?これは……」

 有馬がケースの留め金に手をかけようとしたその時、唐突に背後から鋭い声があがった。


「動くな!」

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