第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-2
有馬による衝撃的な(?)最終回ネタバレ(?)により、一瞬の沈黙が訪れる。それを破ったのはカクコだった。
「いや、何を言っているんだ、お前は。それよりさっきから気になっていたのだが、私のこの格好は怪しすぎるのか?イトウ、お前、これは今の流行の服装だから目立たないと言っていなかったか?」
何故か、喋り始める時に左腕を羽ばたくように上げ下げした。
なんだろう、今の動きは。何かのジェスチャーだろうか?
一方、言われたイトウは頭痛を抑えるかのように額に手を当てた後、頭を振った。有馬と同様、どこか芝居がかった仕草である。
「……参ったッスね。この僕のセンスに……時代が追いついてこない」
いやいや、この先何年経とうとも、こんな黒尽くめの格好が流行する時代は来ないだろう。
どこにでもいそうな外見だったので、このイトウという男は比較的まともな人間かもしれないと期待していたのだが、所詮は有馬の同類だったか。カクコも、そんな格好を流行だと言われて信じるのはどうかしている。
「もう良い!お前達の馬鹿話に付き合っているときりがない」
どうやらカクコには、有馬達の話が馬鹿であると判断できるくらいのまともな感性はあるらしい。
外見は一番おかしいが。
「で、有馬、さっきのお前の話だと、
「拍子抜けするくらいあっさりとね。しかもあれはどうやら本当に海蛇っぽい。私としては、やや残念と思わなくもないね」
「何が残念なんです?」
UMA探偵と名乗るからには、UMAを見つけられることを期待してやって来たに違いなく、そして実際に現れたのだから目論見通りだろう。
「それはもちろん、目撃者がいくら巨大海蛇と証言していても、実際には海蛇ではなくプレシオサウルスやエラスモサウルス、ヒドロテロサウルスといった首長竜の首から上である可能性を期待していたのさ。正体が首長竜の生き残りであるUMAというのは、数あるUMAの中でも最も代表的かつロマンのあるものの1つだ。もちろん、ただUMAというだけで既にロマンが溢れ出ているわけだが」
世界中のロマンに謝って然るべき問題発言である。私がロマンスの神様だったら今のセリフをゲレンデが溶けるほど後悔させるに違いない。
興が乗ってきたのか、有馬は
「古来より、水中に住む魔物の伝説は多い。なにしろ、底知れぬ水の世界というのは、天の上と同様に人間の視界が行き届かない世界だった。いや、過去形にしてしまうのはまだ早過ぎるだろう。天の上、即ち宇宙の全てを調べ尽くすのと比較すれば、水中の全てを調べ尽くすのは簡単だと思えるかもしれないが、それが達成されるのはまだまだ先の話だという点においては変わりがない。古代の人々が水中は世界の果てやら異界やらとつながっていると考えたり、未知の恐ろしい魔物がいると考えたりするのも無理はない。加えて、航海技術の発達していなかった時代では、海や河で命を落とす者も多かっただろう。それもまた、水中には魔物、という想像を膨らませるのに一役買ったのだろうね」
この手のタイプは、ただ語りたいから語っているのであって、実際に私達が聞いているかどうかなどは多分大して気にしてはいないのだろう。となれば、何も律儀に聞く必要も無いのだが、他にすることもない。
「水中に住む魔物の中でも、巨大な海蛇、シーサーペントといえば、クラーケンと並んでメジャーかつ古くからあるものの一つだ。ただ単に昔からあるというだけでなく、科学の発達した現代においても類似の目撃談は無くなってはいない。とはいえ、有名なネッシーをはじめとする湖で目撃される巨大UMAについては、UMA探偵としてはその多くは信ぴょう性に欠けるものと言わざるを得ない。ある生物種が絶滅することなく存続するために必要な個体数、いわゆる最小存続可能個体数は大型動物でも通常数十頭かそれ以上だが、湖という限られた空間と、そこで得られる限られた量の餌では、何十頭もの巨大UMAが生息するのは難しい。実際、ネス湖に生息するプランクトン量から魚ならびに更にそれを餌とする動物の生息可能数を計算すると、ネス湖で生存可能な首長竜クラスの大型爬虫類の数は2頭にも満たない。アフリカのモケーレ・ムベンベのように陸上を歩き回ることもできる生物として想定されているものなら一頭だけどこかからやってきて湖に住み着いたという仮説も成り立つし、餌は湖の外から手に入れることも可能だが、“ネッシーの正体”として最も一般的に想定される首長竜のように、一生を水中で過ごす生物ではそれも不可能だ。……まあ、ネッシーについても上陸しているのを見たという目撃証言は一応はあるのだが、しかし仮にカバのように上陸して餌をとっているのだとすると、それはそれでとっくにUnidentifiedでなくなっていて然るべきだ。ついでに言っておくと、プレシオサウルスやエラスモサウルスといった首長竜はいかに水中生活に適応していても、あくまでも爬虫類であって、呼吸は肺呼吸だ。つまり、息継ぎをするために水面に頭を出す必要がある。ネス湖のような観光地と化してしまった湖で、日に何度も水面に頭を出す生き物が何十頭もいれば、やはりとっくの昔にUnidentifiedでなくなってしまっているはずさ。この点から考えても、仮にネッシーのような湖で目撃される巨大UMAが本当にいるとしても、それが首長竜である可能性は著しく低い。しかし!湖ではなく、海ならば話は別だ。海であれば、生息地次第では頻繁に水面に顔を出して息継ぎをしていたとしても、人の目に触れない可能性は低くないし、食料も豊富だ。実際、クジラ目の水棲哺乳類においても淡水ではアマゾン川やインダス川のような大河に3メートルにも満たないカワイルカが生息しているくらいなのに対し、海には最大31メートルに達するシロナガスクジラが生息している。何より、首長竜はそもそも海に住んでいた生き物だしね。それはさておき、肝心なのはここに出没しているあのシーサーペントの正体が何で、どう対処すべきかだが、優秀なUMA探偵たるこの私にはもう検討がついている」
そういえば、あの海蛇の正体は残念ながら首長竜の生き残りではないと有馬が言い出したところから、この長い話は始まったのだった。
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