第二章:UMA探偵とヒュドラの再生-1

 流れで何となく有馬についていくと、モンゴルのゲルを思わせる形状をした直径数メートルほどの大型テントが見えてきた。これがさっき言っていた有馬の仮設基地だろうか。有馬が一人で寝泊まりするには大きいが、そういえばこの男、さっき“私達”とか言っていた。UMA探偵などという頓痴気な職業に仲間がいるのだろうか?まさかUMA探偵団なんてものがあるとか、そんなオチじゃないだろうな。


「やあやあカクコさん、イトウ君!UMA探偵・有馬勇真がただ今戻って来たよ!」

 有馬がテントの入り口をぺらりとめくって入ると、中でスクリーンに映した海図らしきものを見ていた二人の人物が振り返った。一人は大学生くらいの茶髪の男で、道端でナンパでもしていそうな、軽い雰囲気を醸し出している。もっともアロハシャツに迷彩柄のウィンドブレーカー、そしてサングラスという趣味が良いとは言い難い服装では、ナンパしたとしても成功率は低いのではないだろうか。

 何故にこの夏にウィンドブレーカー?暑くないのだろうか。


 しかし、こちらはまだ良い。


 問題はもう一人の方で、黒魔術師の様なローブに、首のみならず口元まで覆うマフラー、ジャパニーズ・ホラーに出てくる女幽霊のような長い黒髪、そして極めつけはレンズが大きめの、ハーフミラーのサングラスである。そしてそれらの全てが黒だ。下はこれも黒のロングスカートを履いているところを見ると女性の可能性が高いが、顔の大半が隠れている上にゆったりとしたローブとロングスカートのせいで体型もよく分からない。魔女とメン・イン・ブラックを混ぜ合わせたような格好で、怪しいもの二つを合わせているのだから当然の如くこの上ない怪しさである。


「そいつらは何だ、有馬?」

 黒尽くめの方が右手を上げてこちらを指差した。ローブの袖が長くて手が隠れていたためそれまで気づかなかったが、ご丁寧に黒い手袋までしている。私もメイクや伊達眼鏡で外見を誤魔化しているし、体型が見た目から分からないようなゆったりした服装が好みだが(一応言っておくと、スタイルに自信が無いからというわけではない)、その私から見てもどれだけ自分を見せたくないんだこいつはと思わずにはいられない。

 しかしそれよりも気になったのは、その声だった。男と言われても女と言われても違和感があり、かといってボイスチェンジャーのような機械による声とも違う気がする。アクセントも明らかに日本語が母語ではないが、どこの訛りともつかない。


「ああ、彼らは例の動画配信サイトのスタッフだよ」

「なっ、何でそんな奴らをここに連れてきた有馬っ?!」

 黒尽くめの女(女とは断定できないが)は激昂した。いや、表情が見えないので、本当に激昂したのかどうかは分からないが。

「巨大海蛇などいないと思わせてさっさと追い返す予定だったではないか?!」

 有馬は肩をすくめた。

「何しろ予想外にいきなり海蛇が出てきたものでね。UMAというのは本来、丹念に探してもそうそうは見つからないこそ、現在に至るまでUnidentifiedでMysteriousなはずで、だから目撃地点をちょろっとまわるだけなら、海蛇は出てこず、彼らにも巨大海蛇なんて最初からいなかったという印象を与えられると思ったのさ。しかし残念ながらその思惑は外れたわけで、見られてしまったからには仕方がない」


「おいおい、今のは聞き捨てならねえな。俺らジャーナリストに対して、真実を誤魔化して追い返そうとしてたって?だいたい、その怪しすぎる格好の奴はいったい何なんだ?」

 どう考えても私達がジャーナリストなどというご立派なものだとは思えないが、それはさておき、麻倉の最後の質問についていえば、私も聞きたかったところである。


「カクコさんと、あと、そっちにいるイトウ君は、政府の対UMA極秘機関のエージェントだよ。言っただろう?UMA探偵というのは、主に政府極秘機関からの依頼を受けてUMAの捜索と捕獲、場合によっては駆除を行うのだと。しかし政府極秘機関というのは疑り深いもので、自分から依頼しておきながらこちらには全面的に任せてはくれず、監視も兼ねてエージェントを送り込んでくるのさ」

 どうやら、黒尽くめの方がカクコ、茶髪の方がイトウという名らしい。イトウは伊藤か伊東だろうが、カクコというのはどういう字を書くのだろう。


「……有馬、何度も言っているが、我々は政府極秘機関のエージェントなどではない」

「ああ!そうだった!カクコさん達が政府極秘機関に所属していることは極秘で、一般人の前では地元のみかん農家ということにしておかなくてはいけないんだった!どうしよう、真実を知ってしまった君達三人は消されてしまうかも。今からでも、カクコさん達が地元のみかん農家だという設定を信じてくれないかな?そうすれば、見逃してもらえるかもしれない」

「いや、そんな言い方されて信じられる人間はいないって」

 そうでなかったとしても、地元のみかん農家という設定自体に無理がある。この島にはみかんなんか生えていないはずだし、生えていたとしてもこんな怪しい格好をしたみかん農家はいない。


「いやいや、そんな挑戦的な態度は取らない方が良い。政府極秘機関というのは実に怖いものなんだよ?カクコさん達は、危険なUMAが人間を襲ったり生態系に悪影響を与えたりするのを防ぐために動いている……と自分では言っているが、実際には捕獲したUMAを利用して凶悪な生物兵器を作り、世界を征服しようとしているに違いないんだ。この先の展開をネタバレすると、それを知ったUMA探偵・有馬勇真が、生物兵器開発を阻むべく政府の極秘研究施設に侵入するのさ。そんなUMA探偵・有馬勇真へ次々と襲いかかる、生物兵器へと作り変えられたUMA達!彼らは皆、これまで有馬勇真自らが捕獲してはカクコさん達に引き渡してきたUMA達の成れの果てなんだ。それらを全てくぐり抜けると、最後にはあらゆるUMAの細胞を移植して自ら究極のUMAとなったカクコさんが待ち構えている。カクコさんのあの怪しすぎる格好は、体のUMA化を隠すためだったのさ。死闘の果てに、ついにカクコさんを倒した有馬勇真。しかしカクコさんは『我こそは究極にして最強のUMA!けっして敗れたりはしない……!』という言葉とともに、移植したUMA細胞を活性化させて更なる変態を遂げ、巨大UMAと化す。だがしかし、無理な改造と変態を繰り返したカクコさんの体には限界がきていて、巨大化と同時に体が砂となって崩れ落ちるのさ。有馬勇真はその砂山の前に立ち尽くし、カクコさんと共に危険なUMAに挑んだ遠き日々を思い出しながら、一言『馬鹿野郎が……』と呟いて、一筋の涙を流すのさ。それがUMA探偵・有馬勇真の物語の最終回だよ。Fin」


 UMA探偵・有馬勇真の物語とやらがあるとすれば、私達はそれに参加したばかりのはずなのだが、いきなり最終回までネタバレされた。

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