幕間「人喰いミズコさんの噂」その2
事件現場から保護されたミズコは、警察病院へ入院することとなった。
彼女のやったことは死体損壊に当たる行為ではあったが、未成年であること、発見時に心神喪失状態であったと判断されたこと、何より、食料の無い部屋に三日間にわたり閉じ込められていた――実際には外に出ることはできたわけだが、彼女の心理を考えれば閉じ込められていたに等しい――という状況を鑑み、罪に問われることは無かった。
ミズコはその後、治療により衰弱と心神喪失から回復し、どこにでもいるごく普通の少女に戻った。しかし事件当時の記憶は、精神的なショックの大きさからか全て失われ、戻ることはないようだった……かのように見えた。
あるいは、見せかけた、というべきだろうか。彼女は、細心の注意を払い、見破られないにしていたのだ。
自分が、あの時のことを全て、ちゃんと覚えているということを。
そして、あの時以来、人間の肉の味を忘れられないということを。
退院後、彼女はある孤児院に引き取られた。そこでの彼女は、年長者の言うことをよく聞き、年下の子供達の面倒をよく見る模範的な児童として評判が良かった。
だが、全ては見せかけだった。何かが起こった時に……否、何かを起こした時に、自分が疑われないようにするため、皆の目を欺いていたのだ。
一年ほどが経ち、孤児院の皆にとってミズコの存在が見慣れたものになった頃、最年少の児童の一人の姿が見えなくなった。捜索願が出されたが、その児童は結局、見つからなかった。
生きている姿はもちろん、死体さえも。
孤児院職員の誰かが虐待によりその児童を死なせてしまい、証拠隠滅のために死体をどこかに隠したのではないかと疑う警察官もいたが、ミズコに疑いの目を向ける者はいなかった。
行方不明になった友人を心配して落ち込む年少の児童達に、ミズコは自分に配られた分のお菓子も分け与えた。
「私はもうお腹いっぱいだから」
そう笑って。
孤児院の職員達や年長の児童達は、彼女が年少の児童達を元気づけるために、罪の無い嘘をついて自分のお菓子を分け与えているのだと思い、彼女に対する評価をますます高めた。
だが、実のところそれは、罪の無い嘘の真逆、罪の有る真実だった。
彼女は実際に満腹だったのだ。あるいはそれに加え、児童達に自分のお菓子を与えたところで、最終的に自分の腹に入るという点では変わりない、という考えもあったのかもしれない。
その後も、時折、児童が姿を消すことがあった。だが、彼女に疑いの目が向くことは、やはり無かった。
やがてミズコは、中学生となった。
その頃には、彼女は外で“食べ物”を探すようになっていた。あまり同じ所でばかり“食べ物”を入手するのは危険が大きかったし、成長したことによって、遠出したり、少々大きい獲物を仕留めたり運んだりすることも可能になったからである。それ故に、当時、孤児院の内部は至って平穏であり、疑いの目を避けるべく注意する必要も無かった。
だからこそ、外で狩りをしている時はともかく、孤児院にいる時の彼女には油断が生じていたのかもしれない。
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