第一章:UMA探偵とヒュドラの出現-4

「……そんな事はどうでも良いとして、だ」

 麻倉は放っておくとさらにしゃべり続けそうな有馬を制した。いや、正確には、制そうとした。しかし、UMA探偵は全く意に介さない。

「どうでも良くなんかないぞ。少なくとも、君がカピバラとアルパカのいったいどちらなのか、という事よりは余程重要だ」

「どっちも違うわ!」

「今のはものの例えだ。それくらいは理解したまえよ。実際のところは君がカピバラ似の人間とアルパカ似の人間のいったいどちらなのか、という事よりは余程重要だという意味だ」

「それもどっちも違う!」

「そんなことはない」

 麻倉の味方はしたくないが、これについては有馬の方が間違っている。カピバラもアルパカも可愛いが、麻倉は可愛げの無い、暑苦しい中年オヤジだ。頭頂部がけっこう薄くなってるし。


「ええい、きりがない。兎に角だ、ウマ探偵だか何だか知らないが、あんたはこの二人を、さっきの海蛇が撮影できるところにちゃんと連れて行ってくれりゃあそれで良いんだよ」

 有馬は肩をすくめて見せた。相変わらずのオーバーリアクションだが、どことなくラテン系の顔立ちとその仕草が妙にマッチしている。

「なぜ撮影などする必要があるんだい?官憲になど頼らなくても、このUMA探偵が万事解決するし、したがって彼らを動かすための証拠も不必要だ。違うかい?」

 今度は有馬の方が正しい。もちろん、それはUMA探偵を名乗るこの男に、あの海蛇を何とかするだけの技術が本当にあるのなら、の話ではあるが。

 しかし仮に有馬の言っていることが全て真実だとしても、麻倉はまず間違いなく引き下がらない。

 何故ならば……。

「うるせえ!警察を動かすとか、そんなこたぁ本当はどうでも良いんだよ!こんなもう二度と無いかもしれねえ大スクープのチャンスを逃してジャーナリストと言えるか!」

 やはり本音はそれだったか。それにしても、自分は安全な陸地に残って部下だけ死地へと追いやろうとしているくせに、ジャーナリストがどうだとか、恥ずかしげも無くよく言えたものである。


「あんたが本当は漁師じゃなかったとしても、今日一日分の船の料金は払ってるんだ。こっちの言うことは聞いてもらうぞ」

 有馬は深くため息をつくと、お手上げと言わんばかりに再度肩をすくめた。

「まあ、私はどのみちさっきのシーサーペントを捕獲しに行くし、君達がどうしてもついて来たいというのであれば、無理に止めたりはしないさ。しかし、だ……」

 そこでいったん言葉を切ると、有馬は私の方をちらりと見た。

「実際に行くというそっちの二人は、むしろさっきから行きたくないと主張しているじゃあないか。いや、そっちのメガネ男子の方は何も言っていないから、主張してるのは髪ふわふわのお嬢さんの方だけか。ともあれ、行きたくないと言っている人間を無理に縛って連れて行くわけにもいかないだろう。そのあたりはどうするんだい?」

 今、言われて気がついたが、確かに先刻まで麻倉に抗議していたのは私だけで、矢部は黙ったままだ。普段から優柔不断で頼りない面が目につくとはいえ、自分の命がかかっているかもしれない状況で、何を人任せにしているんだ、この男は。

「見ろ、琴家。矢部の奴は文句一つ言わず取材に取り組もうとしてるじゃねーか。これこそジャーナリストの鑑だ。お前は同僚として恥ずかしくないのか?」

 いやあ、少なくとも、部下だけ死地へ送り込んで、自分は高みの見物を決め込もうとしている誰かさんほど恥ずかしい人間ではないつもりです……などと皮肉の一つでも言ってやろうと思ったところで、被せるように麻倉はこう続けた。

「もっとも、お前がどうしても嫌だというなら、次回の放送を『驚異!巨大海蛇は実在した!』から、『語り継がれる恐怖の都市伝説!“人喰いミズコさん”の真実に迫る!』に変更しても良いんだがな?」


 ……こいつ!


 畜生、そうだった。思えば、本来ならば人目につく仕事は嫌で嫌でたまらない私がリポーターなどをやるはめになったのも、この豚の吐瀉物みたいな顔をした男(それはいったいどんな顔なのだ、というツッコミは受けつけない)に、あれを知られたからだった。

 この班の本来のリポーターが何かのトラブルで突然辞めてしまい、裏方志望だった私が急遽その穴を埋める役に選ばれた時(どうも外見基準で選ばれたらしい)、最初は断ったのだ。だが、どこで知ったのかあの情報をネタにされては、最終的に引き受けざるを得なかった。


「どうなんだ?ん?十秒以内に答えてくれるか?予定通り海蛇の撮影をするか、それとも“人喰いミズコさん”の取材に切り換えるか」

「……行きますよ、海蛇の撮影に」

 矢部が怪訝な顔をしている。ついさっきまで強硬に抵抗していた私がやけにあっさりと態度を変えたのだから、当然と言えば当然だろう。

 畜生、何が十秒だ。せめて不自然でない手の平の返し方ができるくらいの時間は与えてくれたって良かっただろうに。

「ふむ……?」

 有馬も何か思うところありげだったが、結局何も尋ねなかった。

「ま、君達の方で話がついたなら、私はそれで構わないさ。さて、それでは早速、船を出そう……と言いたいところだが、このままの装備で行ってもまた逃げ帰ってくるだけになるのがオチだからね。ひとまずは、私達の仮設基地に来てもらおうか」

 そう言って身を翻すと、ついて来たいなら勝手に来いと言わんばかりにさっさと歩き始めてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る