第一章:UMA探偵とヒュドラの出現-3

 岸に無事たどり着いてそうそう、麻倉班長と喧嘩になった。


「正気ですか?!班長も見たでしょう!あんなのは私達の手に負えるものじゃないですよ。このままおとなしく帰って、あとは猟友会でも警察でも海上保安庁でも自衛隊でも何でも良いですけど、そういうとこに任せるべきです」

 私の意見は至極真っ当なものだと思うのだが、麻倉は頑として聞き入れない。

「そういうところに通報しても無駄だったから情報提供者はうちに連絡してきたんだろう?我々が通報したって同じことだ。警察にしろどこにしろ、腰の重い役人を動かすには証拠が必要だ。例えば、あの巨大蛇の映像とか、そういうものがな」

 そう言って、麻倉は矢部の方を嫌味っぽい目でちらりと見た。矢部の撮影していた映像には、はっきりと分かるかたちではあの蛇は写っていなかったらしい。しかしあの状況で落ち着いて撮影できる方がおかしいので、それで矢部を責めるのはほとんど八つ当たりである。


「あんな巨大な海蛇を野放しにしていくわけにはいかない。何も知らない人が船で通りかかって襲われたりしたら大変なことになるからな。だが、役所を動かすには証拠が要る。となれば、もう一度言ってその証拠映像を撮影してくるしかないだろう」

「何で私達がそんなことやらなきゃいけないんですか。次、また襲われたら今度こそ死ぬかもしれないんですよ!」

「何も知らない船が通りかかった場合よりも、何が出るのか分かってるお前らが行った方が無事逃げられる可能性は高いだろう」

 どさくさに紛れて聞き捨てならないことを言われた気がする。

「今、お前らって言いました?まさか班長は行かないつもりじゃないでしょうね」

「何を言っている。なぜ俺が自ら行く必要があるんだ。リポーターとカメラマンの二人がいれば十分だろう」

 清々しいほどいけしゃあしゃあと自分は安全地帯に残る宣言をされた。


 この時、私はあと少しで社会人としての立場を忘れ、脳内に蓄えた限りの汚い言葉ボキャブラリーをフル活用して麻倉を罵るところであった。しかし私が口を開くか開かないかのうちに、横から口を挟む者が現れた。

「やれやれ、醜い争いはそれくらいにしてくれないか」


 見ると、それはつい先程まで乗っていた船の船長である。思えば、この船長こそ私達の依頼を受けてあそこへ行ったばかりに、巨大海蛇に危うく船を沈められるところであり、完全に巻き込まれたかたちになるはずなのだが、妙に落ち着いている。思えば、海蛇が現れた時の対応もやけに冷静だった。

 もっとも、そうでなければ私達は今頃、海の藻屑だったかもしれないのだが。


 唐突に口を挟んできた船長に困惑する私達をよそに、彼は言葉を続けた。

「どのみち、警察も自衛隊も呼ぶ必要なんてない。……何故なら、このUMA探偵・有馬勇真が既にここにいるのだから」


 場に沈黙が訪れた。


「え……あの、船長さん、いったい唐突に何を……?」

 聞き違いだろうか。探偵がどうとか、そんな場違いな単語を耳にしたような気がするのだが。

「いや、君達が困惑するのも無理は無い。何しろ私はこれまで、君達の前ではただの漁師に見えるよう振る舞ってきたからね」

 船長あらため何とか探偵は得意気にそう述べたが、率直に言うと、さっきまでも今この時も、この男は漁師のようには見えない。

 船上というよりは町中で着るものという印象を受けるカーキ色のジャケットと白シャツで、それだけならまあ、漁師はさておき探偵ならそんな服装をしているかもしれないと思えなくもないのだが、何故かパナマ帽を被り、戦前の航空士のようなゴーグルを額に上げている。

 探偵というのは尾行していても相手に見つからないような、人目を引かない格好でなくてはならないと思うのだが、これでは町中だろうとどこだろうと目立って仕方が無いだろう。


 いや、待て。よく聞き取れなかったが、この男は何とか探偵と言っていた。浮気調査とか犬探しとかをするような普通の探偵とはまた違うのかもしれない。

 そんな私の疑問に答えるかのように、男は名刺を差し出してきた。

「しかして、一見ただの漁師に見えた私の正体は、実はこういうものなのさ」

 受け取った麻倉が、そこに並んだ文字を見て怪訝な顔をした。

「ウマ探偵・アリマユウマ?」

 横から覗きこむと、そこには『UMA探偵・有馬勇真』と書かれていた。


「なんということだ!」

 麻倉の呟きを耳にした有馬という男は、両手を左右に拡げて大袈裟にのけぞってみせた。アメリカ人もここまではやらないだろうというレベルのオーバーリアクションである。

「ウマ探偵!UMA探偵は極秘の職業だから知らないのは無理も無いとして、よりにもよってUMAをウマ呼ばわりとは!嘆かわしい。実に、嘆かわしい!昨今、世間では若者のUMA離れが著しいと聞いてはいたが、まさかここまでとは思いもよらなかったよ!」

 若者のUMA離れがどうとか言っているが、恐らくは二十代前半から半ばの有馬から見て、麻倉は二十歳近く年上のはずである。


 有馬はひとしきり嘆いた後、UMAとは、そしてUMA探偵とは何か、についてぺらぺらと語り出した。

「UMAとはUnidentified Mysterious Animal、即ち未確認動物の事だ。そして、UMA探偵とは、主に政府極秘機関からの依頼を受けてそれらUMAの捜索と捕獲、場合によっては駆除を行う専門家だ。特にこの私、有馬勇真は数あるUMA探偵の中でも取り分け優秀だと評判が高い」


 ちなみに麻倉と違って私は、UMA探偵はともかく、UMA自体は知っている。

 なにしろ、パンゲアTVは超常現象、怪奇現象の類を扱う動画サイトである。そもそも今回撮影しに来た巨大海蛇だってシーサーペントとかいうUMAになるはずで、班長でありながらそういったことを知らない麻倉は勉強不足というか、もっと言うならば職務怠慢である。


 それにしてもこの有馬という男、ついさっき、UMA探偵は極秘の職業とか言っていなかっただろうか。そんなにぺらぺらと喋ってしまって良いものなのか。

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