第一章:UMA探偵とヒュドラの出現-2

 青と黒の毒々しい縞模様の蛇。

 濡れたその体はぬらぬらと陽光を反射し、海水を滴らせながら、鎌首をもたげてこちらを見下ろしていた。その頭の位置は、私の身長の二倍以上の高さにある。爬虫類らしいどこを見ているか分からない目が錯覚を招いたのか、私はこの時、この蛇がまだこちらに気がついていないかのような印象を受けた。

 しかしもちろん、そんなわけはない。そもそも、船が近づいた途端に海面に顔を出してきたのだから、これはもう気がついているに決っている。そしてその証拠に、蛇はどこを見ているのか分からない目のまま、その頭を船に向かって猛スピードで振り下ろしてきた。


 私は、死を覚悟した。


 と言ったら、嘘になる。そんな覚悟など無かった。それ以前に、目の前の存在に対する現実感が無かった。悪夢を明晰夢として見ているような気分であり、この時の私の意識をあえて言語かするならば、悪夢であって欲しい、というよりは、こんなことが現実にあるわけがないのでこれはきっと悪夢だ、の方が近い。

 しかしすぐに私は、これが夢でも何でもないことを思い知らされることになった。

 痛みによって。

 振り下ろされた蛇の頭部が私の体を打ち砕いた…………のではない。こんなボロ船にこんな動きが出来たのかと思わんばかりのスピードで船が急旋回したため、硬直したままだった私はバランスを崩し、甲板に体を打ちつけてしまったのだ。そのすぐ横を蛇の頭部が通り過ぎ、つい先程まで船がいた位置の海面に飛び込む形となった。

 衝撃で生じた波は船を揺らしたのみならず、船内にまで飛び込んで来たため、私達はずぶ濡れになるはめとなった。しかし蛇の方はもちろん、それで満足するはずもない。すぐに再度鎌首をもたげ、攻撃態勢に戻った…………のだが、その時にはもう、船はその頭が届く範囲を離脱していた。私達撮影班の三人が呆然としていただけだったこの何秒かの間に、船長は驚くべき対応力で船を退避させていたのだ。


 獲物を逃した蛇は、私達の見ている前でずぶずぶと海中へ戻っていった。私は一瞬安堵し、しかしそのすぐ後、恐ろしい可能性に思い至った。

 獲物を逃した?

 本当にそう言えるのか。

 あの蛇が海中へと没したのは、泳いでこの船を追跡するためではないと、どうして言い切れる?蛇と言えば、執念深さの代名詞ではないか。


 今にも水面下を黒い影が追いすがり、あの鎌首が再び目の前で海面から現れるような気がした。あるいは、今度はこちらの視界が利かない水中から直接船底に穴を開けようとしてくるかもしれない。

 海蛇の泳ぐスピードはいったいどのくらいだっただろう。船よりも速かっただろうか。しかしそもそも、あんなサイズの海蛇は規格外だ。ならばスピードの方も規格外ではないという保証は無い。

 私は気が気でなかった。


 だがしかし、そんな私の思いとは裏腹に、そして幸いなことに、海蛇が再び姿を現せるということはなく、私達を乗せた船は無事に岸へと、辿り着いた。

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