夏の終わりに
皆同娯楽
夏の終わりに
「よっ、久しぶりだな」
「本当だよ。何でずっと会いに来てくれなかったのさ」
「悪かったな。俺もようやく新しい仕事始めることが出来てさ、それでちょっと忙しい日ばかり送ってたんだ」
困ったように彼が笑う。
その顔は以前見た時からほとんど変わっていないのに、大人っぽさもあって、本当にあれから時間が経ったんだなと考えた。
でも、またこの季節に来てくれた。ここ二、三年は来てくれなかったけど、今年は、彼はまた夏の終わりに彼は会いに来てくれた。
「今年もこっちは暑かったんだってな」
「……そう、だね。三十度越える日ばっかりだったよ」
「それに比べて俺の住んでる所はここより涼しくて住みやすいしさ、夏なんてほとんど会社でクーラー効いてるからそれはもうサイコーだね」
「はいはい、そうですか。そーですね、あなたはこんな田舎街なんかよりずっと良いところで生活してるんでしょーね、良いですね」
冗談で少し不満めいてそう言うと彼は困ったように、あははと笑った。
それに私は目を見開いた。
「でも、お前といたこの街も本気で好きだったんだけどな」
「えっ」
その時だった。夜空に轟音が響いた。
お互いに同時に空を見上げると、そこには一輪の巨大な華が咲き誇り、そして散っていった。
毎年この時期に行われる夏祭り、そしてそれに付随して行われる花火大会が今年も始まった。
夏の終わりを告げるように、打ち上げられていく花火は、色鮮やかで美しいのに、どこか儚さを漂わせる。
「今年も始まったな。花火大会。俺達もあれ見たよな」
「うん、そうだね」
感慨深そうに彼は言い、私はそれにしみじみと応えた。
あの花火を見る度に思い出す、あの年の夏の思い出。あの年はこの人と出会えて本当に最高だった。あなたと話をしながら縁日を歩いて回ったのは幸せだった。その後に並んで花火を見た時は、もう落ち着いてなんかいられなかった。
入学式で一目見た時から私はあなたに惹かれた。だから夏祭りの終わりにあなたに告白された時は本当に心臓が止まりそうになった。涙が止まらなかった。嬉しかった。
ずっとこの時間が続け、と思った。
「本当に綺麗だな……」
「うん、うん……本当に綺麗だね」
あの年見た花火と何も変わらない。
花火はそれからもしばらく続き、そして遂に咲くことをやめた。
「さて、じゃあそろそろ行くよ」
「えっ、もう行くの」
「また来年必ず来るよ。だからまた一年待っててくれよ」
「……もっと会いに来てくれても良いじゃん」
その言葉に反応することなく彼は手を伸ばす。
そしてここに来た時毎回するように、彼はポンポンと軽く叩いた。
「じゃあな」
叩いた手をそのまま乗せ、彼は私の名前が刻まれた墓石の上を横に数回撫でた。それから行ってしまった。
今年も彼が私の目を見てくれることはなかった。私の声に答えてくれることはなかった。
言いたいことはたくさんあった。こないだあなたのお母さんも来てくれたよーとか、私も成長したでしょーとか。なのに彼はちゃんと答えてくれない。何を言っても私の言葉には明確な返答がない。今までずっとそうだった。
でも不器用ながらも彼は笑っていた。あれ以来、ここに来ても全く笑顔を見せてくれなかった彼がやっと笑顔を見せてくれた。
ようやく前を向き始めることが出来たんだ。
あの夏見た花火は今でも綺麗に夜空に咲き誇る。散ることなく、なのに儚さだけ感じさせて。
もうあの夏の日が戻ってくることはない。君と一日限りの恋人になったあの夢のような時間はもう遠い過去のものだ。
私も進まないといけないんだ。
だから届かないとしても、私は思いっきり彼の背中に向かって叫んだ。
「あなたと出会えて本当に幸せでした-!」
その瞬間彼が振り向いた。
夏の終わりに 皆同娯楽 @kyatou
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