第3話 囁くインク

こんにちは、ミナミです。

私は見識を深めるために世界中を旅している者ですが、先立つものの都合で現在はコナードさんのお店でアルバイトをしています。

そう、あれは約1ヶ月前のこと・・・


「部屋なんかとっくに無いよ!傭兵さんなら町外れのキャンプに行っとくれ!」

国境の街に着いた私は、まずは腰を落ち着けようと宿屋に向かったのですがこのように門前払いを受けてしまいました。

どうやら隣国との戦争の機運が高まっているとは聞いていましたが、その準備は思ったよりも進んでいるようです。人や物、そしてお金が大量に集まっており、良くも悪くも街はごった返しています。

・・・もっとも、理由が理由だけに『良くも悪くも』の悪い方がだいぶ多そうですね。

さて、ともあれこのままでは街中で野宿する羽目になってしまいます。

宿のおかみさんが言っていた傭兵キャンプは止めておきましょう、傭兵団といえばそれなりに規律があるものですが、このような大規模な戦いの前では人数が膨れ上がって性根の悪い者も多いでしょう。女の身で一人乗り込むのは危険すぎますいろいろと。

などと考えていると、ふと一枚の張り紙が目に入ってきました。


『スタッフ募集!用心棒と店番とツッコミのできる方。衣食住完備 ☆コナード魔法具店☆』


ツッコミって何やねん!と思わず心の中でツッコんでいました。はい、条件は満たしていますね。剣の腕はそれなりにありますし、商店のお手伝いくらいなら経験があります。

そして私は(衣食住完備に惹かれ)、この店で働くことにしたのです。


そこは街外れというには遠く外れすぎな場所にある地下倉庫。

相当昔に破棄されて今や完全にダンジョン化しているこの場所の一室にお店はありました。

最初はとんでもない立地に驚きましたが、意外にもちょくちょくお客さんは来るのです。特に最近は、先日の男Aさんの口コミでお客さんが増えてきました。

そんな訳で今、商品の補充とチェックのお仕事中なのです。


「あれ、コナードさん。この瓶は蓋が開いていますよ。」

「ああ、それは私が使った残りなんで値札を半額にしといてください。」

瓶の一つに付いている値札を書き換えて棚に戻します。

こんな使いさしを売るのか?とお思いでしょうが、魔法薬はとても高価なものなので、こういったアウトレット品の方が喜ばれることもあるのです。

「ちなみに何に使ったんですか?」

「店の宣伝用の張り紙を書くのに使ったんです。その囁くインクウィスパーインクには『訴求』の魔法がかかっていて、店まで来てくれそうな人からの注目度、興味関心を高くしたりできるんですよー。」

「へえー、そうなんですね。」

「あ、そうだ。訴求対象の設定が『強くてツッコミと商品管理ができて胸の大きな食いっぱぐれの女の子』になっているのでそれを」

「処分しますね。」

「ノー!」

「それって私が見た求人の張り紙のやつじゃないですか!え?なにもしかして食いっぱぐれ扱いされてたんですか私?」

確かに泊まるところに困ってはいましたが、あんまりにも酷い言い草ではないでしょうか!

「いやあ、より条件に合う人に対して強く訴えかけるというものなのでミナミさんみたく胸が人並みでもごめんなさい。」

商品のひとつペーパーナイフが店長の首元に添えられたことで不穏な発言は中断されました。


「ごめんくださーい」


おっと、お客さんですね。

コナード店長への追求は後にして、店員としてのお仕事をしなければなりません。


「コナード魔法具店へようこそ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る