第26話 変わらぬ信念
夢を見ていたような気がした。
懐かしい戦友たちの顔だった。ダルトンが満面の笑顔で腕をいっぱいに広げ、荒っぽく肩にまわしてくる。
『おい、デイヴ。何をまた難しい顔してるんだよ! いいから呑みに行こうぜ!』
気がつくと、傍らにはいつもダルトンがいた。いつでも陽気に笑って、つい気を張り詰めがちになるリーベンを和ませてくれた。おどけたように振舞いながら、一方では絶えずリーベンを気に掛け、心身を案じてくれていたのだった。
『中隊長、そんなにたくさんナッツの袋を抱えて、どうしたんですか? ――奥さんから? いやあ、愛が伝わってきますねぇ。じゃあ遠慮なく、愛のお相伴にあずかります!』
賑やかで奔放な部下たち。だが
宿営地で仲間たちと軽口を叩きあい、笑い合っていたのが、今となっては幻だったように感じる。この地下で一体どれだけの時が過ぎていったのか、時間の感覚はとうに失われていた。
帰りたい――皆の元に戻れたら。
しかし、リーベンには分かっていた。恐らくもう二度と、彼らと言葉を交わすことはできないであろうことを。もしかしたら、数分後にはここから引きずり出されて弄り殺されることになるかもしれない。それとも、このままずっと厳しい拷問を受けながら、真綿で首を絞められるようにこの地下の暗闇の中で生かされ続けるのかもしれない。どちらを考えても恐ろしさに身が竦んだ。
体中が軋むように痛む。その感覚で再び意識が戻ってゆくのを感じた。目を覚ますのが怖かった。目覚めれば、先の見えない生き地獄のような現実が続くだけだ。
絶え間なく浴びせられる容赦ない暴力、敵意、侮蔑、嘲笑――そんな状況下で、リーベンの神経は極度に磨り減っていた。
恐る恐る目を開ける。その狭い視界の中に、見知った顔がおぼろげに映った。
「……バート……?」
「ああ。俺だよ、デイヴ」
耳に馴染んだ声に、リーベンは詰めていた息を吐き出した。
「ああ……よかった……。夢じゃないんだな……」
リーベンはダルトンに抱かれて横たわっていた。体には薄い毛布が巻かれ、その上から更にダルトンの防寒着が掛けられていた。いつの間にかまた独房に戻されたようだった。
親友まで巻き込むのを避けるために、情報を知っているのは自分だけだと明かしたが、その後、ダルトンは部屋から連れ出され、リーベンには苛烈さを増した拷問が加えられた。このまま息が完全に止まるのではないかと、朦朧とした意識の中で何度感じたことだろう。
ダルトンは今にも泣き出しそうな様子で、顔を歪めてリーベンを見つめている。
「――お前は馬鹿だ」
ぽつりと呟いた。しかしそれでは気が済まないのか、改めて吐き出すように言った。
「大馬鹿
リーベンは小さく頷いて、腫れ上がった口元に諦めたような微笑みを浮かべた。
「……俺は不器用なんだ……。お前も……知っているだろう?」
「ああ、知ってるさ。不器用すぎて、何でも馬鹿正直に向き合わなきゃ気が済まないんだ。だからいつも損な役回りを引き受けちまう」
「……性分なんだ、仕方ないさ……」
「俺はお前が心配なんだよ。いつも無理して、だからこんなことに――」
声が震え、ダルトンは言葉を詰まらせた。
「デイヴ、俺は一体どうしたらいい? どうしたら少しでも楽になる? おまえを抱いていてやることしかできないなんて――」
「これで、十分だよ……。本当に……安心できる……」
息を継ぐ度に胸に刺しこむような痛みが走り、声を発するのも辛かった。それでも、ダルトンが側にいてくれることが、今のリーベンには何物にも代えがたい心の支えとなっていた。凍てついた真っ暗な部屋の中で、自分以外のぬくもりを感じられるのが嬉しかった。
「一度、ここから抜け出そうとしたんだけどな……。うまくいかなかった……」
「それでやつら、お前をこんな風に?」
「……すぐにこっぴどくやられたよ……」
脱走の企てが失敗に終わり地下に戻された直後、左手首を
ダルトンは痛ましそうにリーベンを見つめていたが、しばらくしてためらいがちに口を開いた。
「なあ、デイヴ――やつらが知りたがってること、しゃべるわけにはいかないのか? 嘘でも何でも、何かひとつでも話したら、あいつらも気が済むんじゃないか?」
おずおずと切り出したダルトンの気持ちを察して、リーベンは僅かに微笑んだ。
「……器用に嘘をつくのは……得意じゃないんだ……」
「何だっていいんだよ! 適当に言っておけば――そうすればお前だって、今より酷い目に遭うこともないだろうし――」
「バート……」
リーベンは静かに遮った。
「きっと……いったんしゃべったら、止められなくなる……俺はそんなに、強い人間じゃない……。それでも……自分の一言で仲間が大勢死ぬようなことだけは……したくない……」
苦しい息の下で途切れ途切れにそう告げると、ダルトンは目に涙を浮かべて黙り込んだ。
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