第2話 新たな任務

中隊が、その所属である中部戦線リッコフ駐屯地に到着した時には、強風に小雪が混じり始めていた。正午をだいぶ過ぎている。


整列した部隊を前に、リーベンは声を張り上げた。


「各自、解散後速やかに昼食を摂り、その後は身辺整理。休養を十分にとるように」


手短にそう指示すると、自分を見つめる兵士200人あまりを見渡した。


「皆、よく頑張ったな」


そう言って、各小隊長には解散を命じ、踵を返した。


兵士たちは小隊長の号令を受けると、とたんに雰囲気を和らげて隊列を崩した。はしゃぐ者、黙々と歩き出す者など様々だったが、誰もが皆一様にその煤けた顔にほっとした表情を浮かべ、足早に食堂を目指す。


その集団をしばらく見送りながら、リーベンはようやく緊張を解いた。負傷者は出したものの、今回の任務でも中隊の兵士全員を無事に駐屯地に連れ帰ることができた。

安堵感に大きく息をつき、下ろしていた自分の荷物に手を掛けたとき、駆け寄ってくる兵士があった。見知った顔は大隊長付きの副官だ。


「リーベン少佐、大隊長がお呼びです」

「分かった、すぐに行く」


リーベンは背嚢を背負うと、食堂へと急ぐ集団とは反対の方向へと足早に向かった。




師団本部が入る建物は、早急に建てられたために内装にまで気を遣う余裕がなかったのか、未だにコンクリートが剥き出しのままになっている。それが、こんな時期にはいっそう寒々しさを感じさせた。


彼は2階に昇ると、荷物を廊下に下ろしてから大隊長室のドアをノックした。


「入れ!」


威勢のいい声にドアを開けると、部屋の中から一気に流れ出てきた暖気が凍えた頬をさっと撫でた。


中には既に二人の先客がいた。第2中隊長のメノン大尉と、第3中隊長のフォグスター大尉だった。リーベンは彼らに目で頷き、大きな机の向こう側でタバコをくわえて腕組みをしている壮年の軍人に対して姿勢を正した。


「遅くなりました」

「いや。ご苦労だった。戻って早々呼び立てて悪かったな。今回の任務も損害がほとんど出ずに済んで何よりだ。よくやってくれた」


リッコフ駐屯地第6歩兵師団の中で大隊長を務めるキース中佐は、タバコを指に挟むと厳しい表情を僅かに緩めてリーベンをねぎらった。そして、一息に煙を吐き出しながら、ふとリーベンの肩口に目を留めた。服に落ちた雪が溶けて、ところどころに小さな染みを作っていた。


「雨か」

「いえ、雪です」


リーベンの答えにキースと二人の大尉は背後の窓を振り返ったが、窓ガラスは一面結露に曇って外を見ることはできなかった。


「また厄介な季節が始まったか」


キースは不機嫌そうに呟くと、入り口近くに立っているリーベンを手招きした。


「次の作戦の説明をしていたところだ」


大きな地図がいっぱいに広げられた机を、キースとリーベンたち3人の中隊長が囲む。


「ズノーシャの丘陵地帯を君たちの3個中隊で攻略する。それを足がかりにして、本隊を北部戦線の同盟軍と合流させるためだ」

「と言うことは……」


地図を見下ろしながらリーベンが呟くと、キースは頷いた。


「最終的にはミルトホフに総攻撃をかけるつもりだ。あの都市の軍需施設を壊滅させる」


そう言って、キースは地図の上にいくつも印がつけられている中でも取り分け大きく書かれた点を示した。


リーベンは記憶をたどった。

ミルトホフはその周辺で新たな鉱石の採場が発見されてから、ここ数年で急速に発展した重工業都市だ。もともと第一次産業が主要な総生産高を占めるこの国では、短期間で工業化が急速に進んだために、牧歌的な風景の中に突如として武骨な製錬所や工場の姿が立ち現れるという光景も珍しくない。恐らく、ミルトホフもそういった類の街なのだろう。


そこまでの道筋をざっと目測する。

ここリッコフからズノーシャ丘陵まで直線距離にして北に約25マイル、丘陵地帯を突破するのに更に13マイル、平地に出て同盟軍と合流し、最終目的地のミルトホフまでが北西に約50マイル。


「本隊が問題なく通れるような地形になっているのはここだけだ」


キースが丘陵地帯の一点を指した。間隔の開いた2本の等高線が、ほぼ並行して蛇行しながら続いている。その北の端にキースは指をずらした。


「そして現在、敵はここに布陣している。今回の作戦ではこれを撃滅する」


敵の重要な軍需拠点であるミルトホフと、その60マイル東にある産業都市アーナウを南からの攻撃から防衛するための要衝として、敵がズノーシャ丘陵地帯に重層的に兵力を充てていることは間違いない。


リーベンは地図上に波打つように描かれている等高線を丁寧に目でなぞっていった。頭の中でその場の地形を形作る。


丘陵地といっても、ズノーシャの辺りだけは等高線が密に入り組んだ地形になっている。図面から読み取る限り、この一帯に広がる緩やかな起伏が続く景色とは異なり、小高い山々が連なっていると想像した方が良さそうだった。この場所を攻略するには、丘陵の間に長く続く窪地を突破しなければならない。部隊を斜面にも展開させたとして、機動力はかなり落ちるだろう。既に雪も降り始めている。


彼はキースに訊ねた。


「火砲の支援はどの程度ですか」

「1個中隊だ」

「航空支援は?」

「今は東部戦線での作戦に優先的に充てられている。こちらに回す余裕はないそうだ」


無謀すぎる――彼は思わず唇を引き結んだ。


布陣して待ち構える敵を撃滅するには、その3倍の兵力は必要だ。しかも地の利は明らかに敵方にある。それにもかかわらず、数個大隊の部隊が展開しているであろう陣地を、たった3個中隊で切り崩せと言うのだ。最悪の場合、全滅という事態にもなりかねない。


困難な任務になることが容易に予想できた。他の二人の中隊長も険しい表情で地図上を注視している。リーベンは図面から顔を上げると言った。


「大隊長、率直に申し上げて、ズノーシャを我々3個中隊で攻略するのは非常に難しいかと思います」

「それは十分承知している」

「航空支援が受けられないのなら、せめて火砲の規模を倍にしてもらうことはできませんか。これでは甚大な損害を被ることは目に見えています」

「分かっている。だがこれはもう決定されたことだ」


苦渋の表情でキースが答えた。


「だからこそ、この作戦を成功させるために、君に3個中隊の指揮を任せたいのだ、リーベン少佐」


そして、きっぱりとキースは言った。


「作戦の開始は8日後だ」

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