16ページ目 勿忘草のお味はいかが
僕は絶望の淵にいた。
夏休み終了まであと一週間足らず。宿題は全部終わったと思っていた。
が、しかし
「読書感想文わすれてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一ページも読んでいない。というか本すら選んでないし買っていない。
こうなったら仏様女神様零様だ。
「零姉ちゃーんへるぷみー」
僕は零の部屋を訪れる。開けっ放しのドアから見えるのは、本の山。本の山。本の山。床が見えない。本ばかりでなくいろんなものが散らかりっぱなしである。
こんなところに人が住んでるなんて思えない。
「相変わらず……おっと」
僕は零の築いた本の山を崩さないように机に向かって宿題にラストスパートをかけている零に声をかけた。
「読書感想文ワスレテタ」
「入口入ってすぐ右側にある三十センチくらい積んであるところ。上から3番目。おすすめ」
零はこちらに見向きもしないでただシャープペンを動かし続けている。
机の上には栄養ドリンクが散乱している。毎年の恒例行事ともいえる追い込みスタイルだ。
家事はわりとなんでもできる零。そんな零でもできないことがある。それがそうじだ。放っておくとリビングもこの部屋のようになってしまう。だから僕がそうじだけはしている。
僕は言われた通りのところから一冊の本を取り出した。『勿忘草の約束』と言う本は六百ページほどの文庫本だった。
「五、六時間もあれば読めるよ」
「代わりに書いてくれるなんてことはー」
「二万円」
「高いっ!」
「一ページ」
「……自分でやります」
ひどいぼったくりだ。そう言えば最近は代行で宿題やってもらえるんだっけ。
利用しようとは思わないけど、代行しているやつらは結構なバイトになっているはずだ。
零は本が好きだ。時間があれば読んでいる。
そんな彼女の部屋には所せましと本が並んでいる。最近では本棚にも入りきらない本たちが床に塔を作っている。来年の誕生日プレゼントは本棚にしよう。
漫画から絵本から教科書に載っているような本からビジネス書から洋書から……なんでも零は読む。僕は夏休みのこの時期しか読まない。漫画くらいは読むけど、基本活字は国語の時間だけで十分だ。
場所がないなら売ればいい。そう思うのに、零は売らない。だから増える一方。いつか零の部屋の底が抜けそうで怖い。
仕方がなく僕はパラパラとページをめくっていった。
◇◇◇
「うぉっ……ヴェっ……」
三時間後僕はティッシュ箱と友達になっていた。ごみ箱とも友達だ。
あと半分ないくらいだが、物語は一気に佳境を迎えていた。
「ジェン……なんでなんでたべちゃうんだよぉぉぉぉ」
勿忘草をもちゃもちゃ食べるジェン。この部分だけ読むと絶対訳が分からないがこの数百ページ読んできた僕にはわかる。このシーンの意味が。
「約束、約、、束したじゃないか!一緒にパンダ見に行くって」
もう涙は止まらない。それでも僕はジェンとルルンボの話を読んでいかなければならない。しかし、ルルンボはシマウマの縞に惚れ込んでジェンのことなど忘れててしまっているようだ。あんなに愛し合って約束していたのに。
「ユウ君どうしたんだろうね」
「さぁ」
そんな会話が聞こえるが、僕は構わず読書を続ける。
僕だけはこの本の結末を見届けてやるんだ!!
◇◇◇
こうしてひとまわりもふたまわりも大きくなった僕は感想文を書き上げた。いかにジェンが素晴らしい人間だったかを原稿用紙四枚ぐらいに書いた。
夏が終わる。明日から新学期。零も玲奈も僕も新しい季節を迎える。
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