14ページ目 滑稽な鳥

 次の日は多くの人が来た。だから僕は邪魔にならないように図書館で勉強することにした。昨日志望校については宣言したばかりだ。なら一生懸命やらなきゃだめだろ。


「ユウちゃん外でるのー?」


 玲奈が二階から呼んでいる。『ちゃん』付けで呼ばれるのはよからぬことを考えているときだ。

 生徒会の人たちが集まってきたことで、家の中は少しにぎやかになる。もう少し早く出ればよかった。


「うん」


 だから僕はそう短く応えて、お客さんに頭を下げつつ外に出ようと思った。なのに


「私も行くー。お買いものするからユウちゃんも一緒に来て―」

「えー。図書館に勉強しに行くよ」

「一緒に行こうよ」


 こやつ、僕が受験生だということを忘れているのではないだろうか。


「先外でててー」


 放っておいて図書館に行くことも考えたが、そんなことをしたら後でなにさせるかわからない。ここはおとなしく従っておいたほうが良いだろう。

 僕は外にでると玲奈が来るのを待った。今から準備して、十五分で出てくればいい方だ。女の子はなにかと時間がかかる。こんな灼熱地獄のような外に先に出ててとは何事か。まぁ家の中にも居づらいのだが。


 なるべく日陰に入れるようにして姉が出てくるのを待っていると、知った顔がやってきた。


「あ……こんにちは」

「こんにちは。他の人たちはもう中か?」

「はい」


 白鷹さん。昨日会ったばかりの人。僕は「どうぞ」と手でドアを示すと、白鷹さんは頭を下げて中に入っていった。昨日は微妙なかんじで別れてしまったけど、大丈夫なのだろうか。

 どうすることもできない僕はただ玲奈が速く出てくるよう祈りながら待つだけだった。



                   ◇◇◇


 「あ?」


 今まさに出ようとしていた時、目の前にそいつは現れた。

 私が嫌いな人。レイちゃんにあんな顔をさせた人。

 幸い玄関には私とコイツしかいない。


「昨日のこと、謝るつもりはないから」

「ああ」


 その短い返事に腹が立った。だから私は白鷹の胸元のシャツを掴んで言ってやった。


「今度レイちゃんにあんな顏させたら……殺すから」

「殺す、とはまた物騒だな」

「みんながみんな、努力したらしただけ叶うわけじゃない。私は一聞いたら十も百も、ものによっては千もわかる。でもレイちゃんは違う。一聞いても一わからない。十聞いて一やっと理解できるかどうかなの。自分の中に取り込むのに時間がかかるの。そんな人間が時間をかけても上を目指そうとしてるの。地べたから必死に羽ばたこうとしてるの。そんな様子がそんなに滑稽? 嫌悪するほど?」


 私はそこまで言うと彼の表情を見て、これ以上言うのは無駄だと解った。


「アンタとレイちゃんは似ているって思ってた」


 ゆっくりと手を離す。


「無理に完璧人間を目指そうとするところ」


 その瞬間、一瞬だけど白鷹の表情が揺らいだ。それを見れたってだけで心が少し晴れる。

 もうかける言葉はない。あとは、自分たちでどうにかして。

 私はそのまま外に出た。ドアをかけると、熱気が私の体を舐めまわるようにまとわりつく。ドアを閉め、弟に声をかける。


「おっまたせー」

「遅かったね、待ちくたびれたよ」

「すまんすまん」


 ちょっと白鷹の心を揺さぶってやった。ああ、愉快だ。これから買い物もたくさんして、そしてらもっと心がすっきりする。


「ユウちゃんは一聞いたら一わかる人だよね」

「え?」


 隣をあるく弟が聞き返すが、ただの独り言だから言い直すことはしない。


「さーて、荷物持ちよろしくねー!」

「やっぱりそのつもりかよ!」


 弟の抗議なんて聞いてやらない。今度は弟じゃなくて、彼氏と買い物にも行きたい。レイちゃんとも行きたい。


 もうすぐ夏が終わる。 

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