13ページ目 僕は彼女を追いかける 理由はいらない

 「さ、レイちゃん泣いていいよ!」


 二階に上がった玲奈は大きく両手を広げた。おそらくこの胸に飛び込んで来い、と言うことなのだろう。だけど私は首を振った。


「泣かないよ。白鷹君の言っていることは正しい」

「なんでよ! レイちゃん十分頑張ってるのにあんなこと言って信じらんない!」


 私からその胸に飛び込むことがないことを知った玲奈はそのまま私の頭を包み込んだ。


「レイちゃん変わった。あんなに泣き虫だったのに」

「それはもう昔の話だよ」


 せっかくなのでこのまま甘えさせてもらうことにする。それでも涙はもう出ない。


「部活も生徒会も白鷹君すごい頑張ってる」

「……それは……認める。ババっ子だけど」

「あはははは。心配なんだよ。お婆さんが。結構な年みたいだし、迷惑はかけられないって言ってた。きっと勉強も部活も頑張ってお婆さんの喜ぶ顔が見たいんだと思う。いい会社に就職して楽させてやりたいって前、言ってた」

「ふぅーん。ならそのおばば様は長生きしなきゃだ」


 ゆっくりと玲奈の体から離れる。私とよく似た顏をした玲奈は笑っている。私はどんな顔をしているだろうか。

 白鷹君の家庭の事情は詳しくは知らない。でも、彼が相当な努力家で自他ともに厳しい性格をしているのは知っている。

 だから私は彼にあこがれを抱いた。強い彼に。


「でも、謝らない」

「えー」


 この後は謝罪タイムに入るはずだったのに、全くどうしたものか。

 玲奈はよく人を見ている。自由奔放な妹。それでも彼女はとても優しいことを私は知っている。



                 ◇◇◇


 「ご馳走様。悪かったな」


 白鷹さんはそう言って席を立った。食器を持ち、キッチンへと向かう。


「あ、あの、それ置いておいて大丈夫です。夕食の片づけは僕の役割なんで」


 いつも、と言うわけじゃなかったが、大体の片づけは僕の仕事だった。その他全般の家事は零に任せっぱなしだからこのくらいはしている。


「そう、か」


 白鷹さんはそう言って流しに食器を置いた。微妙な沈黙。


「あ、あの」


 だから僕は言う。伝えようと思った。


「零姉ちゃん、あれでも結構頑張ってる、といいますか、その、なんといいます要領が悪いといいますか」


 言葉が全然まとまってなかった。これなら何も言わない方がよかった。


「俺は、アイツを目標としてきた。高校の入試でアイツに負けた。絶対に追いついてやると思った。聞くところによるとアイツは運動神経も良いらしい。なにをとっても負けたくなかったんだよ」


 白鷹さんはそう言って鞄を担いだ。


「……笹野妹に、客人をもてなす作法を身に着けておけ、と伝えてくれ。それと、君は……」

「ユウヒ、笹野優日です」

「ああ、それで『ゆうちゃん』か」


 白鷹さんが少し微笑んだ。


「嫌なんですけどね。まったく人をおちょくってばかりで」

「いいじゃないか。仲のいい姉弟だ。ユウヒ、君、さっきオレが白峰志望か聞いたときにまだ迷ってる、って言ったな」

「あ、はい」

「目標は高いに越したことはない。だが、高すぎる目標は自分をダメにする。いままで築いてきたものも全部崩れていく。それでもその目標に挑む理由があれば、挑んでみる価値は十分ある、と俺は思う」


 十分な理由。僕にはその理由が……


「……ります。理由あります」

「ほう。なら挑んでみればいい」


 そう言って白鷹さんは帰って行った。程なくして双子は二階から降りてきた。玲奈はともかく、零は申し訳なさそうにしていた。

 そしていつものように訪れた家族団らんのとき。僕はここでちゃんと言おうと思った。


「あ、あのさ」


 洗い物で手をあわあわにさせながら言うことじゃないかもしれない。でも、今までテレビに夢中だった玲奈もこちらをみている。本から顔をあげた零とも目が合った。このあと何を話すのか知っているようにふと表情が和らいだ。


「僕、高校白峰挑戦しようと思うんだ」


 二人の姉が顏を見合わせて笑う。こうして僕の受験戦争は幕を開けた。




 僕が白峰を受けようとした理由。それは簡単だった。


「紗代ちゃん……僕も行くよ」




 変態だった。

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