12ページ目 とんかつは犠牲になったのだ
「できたお」
玲奈がかつ丼を運んでくる。
「……」
僕は閉口する。
「……」
白鷹さんも閉口する。
「それはいったい」
零の顏が引きつっているのが分かる。
「おかしいだろ、おい」
思わず突っ込みを入れないわけにはいかない。なぜなら目の前におかれた料理は二種類あるからだ。
材料は同じはず。なのにどうしてこうも違うものが出来上がる。
「どこもおかしくないよ?」
玲奈はにこにこ顔だ。それはそうだろう。玲奈の前に置かれているのはかつ丼。
「いや、おかしい」
ほれみろ。白鷹さんもこう言っているじゃないか。僕の目がおかしくなったのかと思った。
「普通客人にこんなもの出すか?」
「さぁさぁ食べよー」
玲奈は早速かつ丼に箸をつけた。白鷹さんの言葉を無視して。
零は困ったような表情を浮かべたままだ。
つまりのところ、僕と白鷹さんの目の前に置かれたものはかつ丼じゃなかった。いや、そうなのかもしれないが、認めたくはない。この黒い何かを。
「いやぁー初めてだったけど、最近は携帯見れば何でもできるね!」
「いや、できてないだろ」
「でも、料理はレイちゃんが作ったほうがおいしいから今度はレイちゃんがかつ丼作ってね」
「聞く気なしかい」
僕は姉と会話をするのをあきらめた。白鷹さんはやれやれと首をふってかつ丼らしきものを食べようとする。
「白鷹君、私のと取り換える?」
「いや、大丈夫だ……たぶん」
なら僕と取り換えていただきたい。切実に。
「だめっ! 男共はあれで十分、十二分」
最近玲奈さんの機嫌を損ねるようなことしたかしら。仕方がないから黒いモノを食べることにする。お腹こわさないといいけど。
それにしてもこんなもの作るなんて手が込んでる。いや、目を放しすぎたのか?
「笹野家はいつも笹野姉が料理作ってるのか?」
「そうだね」
丼ぶりの中が半分になった頃、白鷹さんが口を開いた。白鷹さんはどうやらもうすぐ食べ終わるみたいだ。コップの中の麦茶がもう全部なくなってる。流し込んだらしい。
「それで勉強がおろそかになっているのか?」
「うぐっ」
零はそろーっと視線を外した。成績が下がっているらしいことはさっきも聞いていたし、高校の勉強はどんどん難しくなる。ましては理系の零は大変なのではないだろうか。
「そんなん勉強中毒みたいな人ばっかいる理数科のやつらとレイちゃん比べないでよ」
「家事が負担ならお前が手伝えばいいだろう」
「それとこれとはちがーう! レイちゃん勉強頑張ってるもん」
ぷくっと頬を膨らませた玲奈は乱暴に食器をまとめると、キッチンにそれらをおいて食卓に戻ってきた。
「お前のせいでご飯がおいしくなくなる! せっかくがんばって作ったのに」
いや、少なくとも男の子の分は頑張ってないですよね?
「いこう、レイちゃん。さっさとお前帰れ」
「うえええええ」
まだ食べていた零を無理やり立たせると玲奈は零をつれて二階に上がってしまった。腕を掴まれていた零はどんな表情をしていただろうか。
残された僕と白鷹さんは、そのまましばらく黒い何かを食べ続けた。
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