11ページ目 やっととんかつの出番がやってきた

「荷物は中まで運べばいいのか?」

「うん、ごめんね。ありがとう」


 男の声がした。姉が男を連れ込んできた。大事件。


「ただいまー」


 そう言って最初に入ってきたのは零。その後に入ってきたのは長身の男。


「うげっ……鬼軍曹」


 ソファの上で玲奈がヒキガエルみたいな声をだす。すぐさま起き上がってずんずんと男の方へと歩いていく。


「レイちゃんなんでこんなやつ連れてきたの?」


 玲奈は男の胸を指でつつく。


「学校に荷物置こうと思ったら閉まってて。ちょうど明日ここでお疲れ様でした会やることになったから荷物運んでもらったんだよ」

「ふうん」


 僕だけ会話についていけない。姉二人の共通の知り合いなのか。


「シッシ……」


 玲奈が手を振る。


「用事済んだならはよ帰れ」

「ええーせっかくなんだからご飯も食べてって。ここまで運んでもらって悪いし!」


 ぐぬぬ、と玲奈が唇をかみしめる。玲奈がこの男を苦手にしていることだけはよくわかった。


「いや、帰るよ。夕飯までごちそうになるのはさすがに悪いだろ」

「てめーレイちゃんのご飯が食べられないって言うのか!!」

「いや、帰れって言ったの笹野妹だろ」


 わけのわからない言い合いが続いている。とりあえず玲奈はこの男が何を言っても気に入らないのだろう。むすっとした表情で男を睨みつけている。


「無理にとは言わないよ。この後用事あるのなら引き留めても悪いし」

「レイちゃんに気を使わせるな」


 玲奈の中での三角ピラミッドは零が頂点なのだろう。きっと僕は一番下。男ってそんなもんよね。


「あのー」


 これ以上揉めているのは非常にもったいない気もするので気の利く弟である僕が口を出すことにした。零も男の人も荷物持ったままだし。


「姉もそう言ってることだし、食べて行ってください」

「……はぁ……じゃぁごちそうになることにする」


 ため息の後、どうやら彼はここでご飯を食べることを選択したようだった。玲奈の激しい舌打ちが聞こえたが、あえてもう気にしないことにする。


「じゃぁ今日はかっつどーんだから待っててくださいな」


 零は着替えるためにいったん自分の部屋に戻っていった。微妙に声が弾んでいたのは言うまでもないだろう。

 そして昨日僕が買ってきた豚肉がやっとのこと役立つときが来た。昨日はそうめんだったからね!


               ◇◇◇


「まさか本当に食べていくとは思わなかった」


 玲奈が言う。


「いつも部活やらクラスやら生徒会やらの打ち上げだって断ってたんでしょ?」

「俺が夕飯外で食べると家でばーさん一人になるからな。今日は老人会で旅行に行ってる」

「ふーん。このばばっ子め」


 僕はそんな会話を聞きながら玲奈が食べ散らかしたごみを片づけていた。


「ユウちゃーん」


 そんな僕に声がかかる。


「これ、白鷹和也。ちょーこわい鬼軍曹だけど、勉強はできる。私が保証する。レイちゃんと同じ理系のトップなの。だから勉強みてもらえばいいよ」

「は、はぁ」


 いきなり何を言い出すんだ。鬼軍曹の前で気の抜けた返事をしてしまったじゃないか。みろ、となりの白鷹さん……っていうのか。彼も困ってるじゃないか。

しばかれたらどうしよう。


「どうも」

「は、はい」


 無の時間が続く。玲奈は……テレビに戻っていた。


「すごいですね。白鷹さんって。理系でトップなんて」

「それを言うなら笹野姉もだろ。最近勉学に身が入っていないみたいだが」

「そ、そうなんですか?」


 最近は零の勉強時間が長くなった気がする。それでも足りていないのか。


「受験生の弟がいるって聞いてたが、白峰に?」

「……そこはまだ決めてなくて」


 僕は言葉を濁した。正直迷い始めていたい。断じて紗代ちゃんが白峰にするってことを聞いたからではない。断じて違う。

 そうこうしている間にエプロンをした零が降りてきた。


「ごめんねー今から作るからっ!」

「はいよー期待してる」


 ごろごろとソファの上に居る玲奈。客人が来ても変わらないその姿、逆に尊敬します。男の僕から見ても白鷹さんはカッコイイと思う。イケメン好きの玲奈がほっとくなんて何かあったのだろうか。


「そういえば笹野姉はもう出された課題は終わったのか?」


 キッチンに向かった零に白鷹さんが声をかける。包丁を持った零は首を振った。


「まだだよ?」

「まだ? あとどのくらいだ」

「半分弱?」


 白鷹さんの顏が仏になる。


「笹野妹! お前料理代われ。姉はこれから勉強だ」

「ふぁっ?」


 白鷹さんは強引に零の腕をつかむとリビングの椅子に座らせた。


「後何が残ってる。夏休みはあと一週間しかないんだぞ」

「数学、物理、化学」

「何故理系科目を残した」

「と、英語」


 白鷹さんは深い深いため息をつくと、眉間のしわを指で伸ばしながら言った。


「入学試験、なんでお前に負けたのかわからないよ」

「何故でしょうね」


 こうして料理ができるまでの間、僕と零は白鷹さんにみっちり勉強を教わった。

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