7ページ目 ボクはハエ。つぶされてなんぼ

 わけのわからないことをほざいている君乃はほっといて僕は足を速めた。こんなんじゃ熱い鉄板の上に居るのと同じだ、と思う。バーベキューや焼肉のように僕もこんがり焼けてしまう。

 額に浮かぶ汗を手の甲でぬぐい、空を見上げた。今日もいい天気だった。そして視線を前に戻すと、目に入ってきたのはナンパされている君乃ではなく


「むほっ……紗代ちゃん!!」


 我ながら少し気持ち悪いと思う声が漏れた。夏のせいか、ポニーテールに結っている髪。そして見える首筋。

 全速力で君乃の横を通り抜け、紗代ちゃんの後ろ5メートル前でいったん停止。呼吸を整え、早歩きで近づく。そして


「おはようっ、小川さん」

 さわやかに声をかける。完璧だった。夏の朝にふさわしい声のかけ方。先週立ち読みした『SAWAYAKA☆常夏Boy』に載っていた通りにできた。


「おはよう。笹野君」


 僕だけに向けてくれた笑顔、この朝のおはようの笑顔は僕に向けてくれた笑顔だ。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ーおはよう。今日もいい天気だね」

「うん。でも、笹野君風邪?」


 違います。声を作るためです。


「大丈夫だよ。それにしても夏休みに登校日なんて。嫌だね」

「うんうん、そうだね」


 小さく笑った紗代ちゃんはとてもかわいかった。こうしたわずかなことだったが、これは幸せな時間だった。なのに



「き・み・の・アターック!!」

「フベシッ!!」


 僕の体は吹っ飛んだ。アタックと言うよりも、バズーカ。破壊行動。僕の体、ばらばらになっちゃうよ。


「わ、わ、わ、笹野君大丈夫?」

「……平気、さ」


 優しい紗代ちゃんの手につかまり、にやけた顔を隠して起き上がる。柔らかい手にもう少しつかまっていたい。でも紗代ちゃんは僕の手を放すと、腰に手を当てて友人を説教し始めた。


「もう! だめだよ、瞳ちゃん。瞳ちゃんはちょっと勢いつけすぎだよ! 笹野君はハエじゃないんだからそんなつよく叩いたら潰れちゃう」


 いや、ハエだったら木端微塵です。そしてその例え、ちょっと微妙です。


「違うの! 紗代っち聞いて! ささのんたら私のこと無視するの! ね、酷いでしょ?」


 君乃の抗議を一通り聞くと、今度は紗代ちゃんが僕に向き直った。


「笹野くん、ごめんね。ちょっと瞳ちゃん人より力が強いんだ。でも、笹野君も人の話はちゃんと聞かなきゃダメだよ」

「はい」


 紗代ちゃんの言うことはなんでも言われて0.1秒と待たずに『yes』だ。



 こうして僕らは登校日を迎えた。この日一日僕は君乃からの暴力に耐えることになる。

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