5ページ目 なぜおまえはそうめんを食べている
「ただいまー」
僕は姉二人のいる家に帰ってくる。自分が買い出しに出ないからって油と醤油と米を買ってこさせる姉に敗北感を覚える。そこは普通怒りなんだけどね、怒って喧嘩したところで僕の勝ち目ゼロだから最初から喧嘩はふっかけない。
男は女に手を出さないとかじゃなくて実際この二人の姉はすんごい強い。
「おかえりんごー」
居間のドアを開けると、食卓テーブルに座った玲奈が振り向いた。そして、何故か奴の手には食器が握られている。
「うん。いろいろ聞きたいけど、うん、なんでそうめん食べてるの?」
僕の両手に下げられた重り。これ、すごく重たかったんですが。
「あ、お帰り。ご苦労様」
おかわり用のそうめんをゆでて持ってきた零が声をかけてきた。
僕の家では一つの大きな器に氷と水が張ってあり、そこにそうめんがまとめて入っている。そこから各個人とりたいだけ自分のタレ入りの器に移すというものだった。
「……零さん? 今日はとんかつでは?」
「玲奈がそうめんがイイって言うから……今日暑かったし」
クッソ。そう思っても声には出さない。僕の分も用意されてるからさっさと手を洗ってうがいして自分の席に着いた。
氷が浮かんだ中に漂うそうめんに僕も箸を伸ばす。玲奈が色つきのそうめんを食べたがっているのを知っていてそればっかりに手を出す。
「イッテ……」
ゴツゴツとテレビのついていない静かな部屋に似つかわしくない音が家に響く。
僕が何者かに攻撃されているからだ。食卓テーブルの下、椅子に座り、僕の真向かいに座る玲奈の体が揺れている。
「あ、あの、玲奈さん?」
「ピンクのそうめん食べたでしょー変態さんになっちゃうよ」
ゴツゴツ
「緑のもなくなってるー」
ゴツゴツ
「ユウちゃんは白いのばっか食べてればいいよ」
ゴツゴツ
「……はい。すみません」
僕は敗北した。
この世界には逆らってはいけない人がいる。
母と嫁と……姉だ。
僕は観察日記にそう付け加えておいた。
そう言えば、この家の家族構成について何も説明を書いていなかった。この観察日記が誰かの目に触れる可能性はないと思いたいが、一応書いておくに越したことはない。
両親は健在。しかし一緒に住んではいない。よくある設定とかここで突っ込まれそうなものだ。父と母は学生時代に知り合い、そのまま結婚した。現在は両親とも化石の発掘に勤しんでいる。今まで化石の発掘に勤しんで家を空けている設定があっただろうか、いやない。父の転身赴任に付き合って母親も、ではなく、共に発掘人生をエンジョイしている。
母は昔から野山を駆け回っていた人だったらしく、自分の娘が生まれた時に女の子らしく育てたかったようだ。しかしその一方で父親は女の子であってもたくましく育ってほしいと考えていたらしく、その両者の思いは双子の姉一人ひとりに反映された。
母親がかわいらしく育てた玲奈と父親がたくましく育てた零。それにより玲奈はワンピースやふりふりとしたスカートを好んでいて、とても女の子らしく育った。その一方で零はスカートは制服しか持ってないし、おしゃれをしている姿もほとんど見たことがない。
同じ顔をしていても、二人は全く別人のようだった。
僕はというと、姉を好きに育てることに夢中にあった両親からはほとんどほったらかしのような状態で育ったため、無個性の塊になった。
子どもだけで暮らしていると言っても電車で二駅先には親戚も住んでいるし、近所との付き合いも良好であるので困ったことは特になかった。
親もそろって同時に帰ってくることは珍しいが、どちらかであるなら頻繁に帰ってきている。し今は新種だかなにか広大なプロジェクトに挑んでいるらしく、ここ数か月手紙と電話でのやり取りが続いていたがさびしいと感じる年でもない。
「ごちそーさまでした」
真っ白いそうめんだけをきれいに食べた僕は箸を置いた。
蹴られた膝がジンジン痛むが、僕は静かに立ち上がって自分の食器を肩付けた。
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