4ページ目 紗代ちゃんの志望校はちょっと高め
図書館の中にある休憩スペースには、飲み物と軽食がとれる場所がある。そこの二人掛けの席に座り、僕らはジュースを飲んでいた。
「宿題は終わった?」
「う、うん。後は見直しだけかな」
心臓が爆発しそうだ。いや、爆発はしないのだが、言葉で言い表すとこんな感じだ。
「小川さんは?」
「私も終わったよー。今日は一学期の復習かな」
「そ、そうなんだ」
ものすごいスピードで飲んでしまったジュースは底をつきそうだ。よく冷えている缶を両手で包み、少しでも落ち着こうとする。
「そういえば……志望校もう決まった? 休み明けに提出だよね」
ドキリとした。『志望校』この響きは受験生にとっては特別な意味を持つ。
僕と同じように缶を両手で包んでいた紗代ちゃんは、前に垂れた髪を耳に掛ける
と元気なく笑った。
「私はね、白峰の理数を受けようかなって思ってるんだけど……先生に厳しいかなって言われちゃって。普通科なら大丈夫だろうって言われたんだけど」
「そう、なんだ」
『白峰』そこは県下トップの高校、そして、僕の姉が通っている高校だった。そして理数ということは、零と同じところ。
僕の志望校では、ない。紗代ちゃんと一緒にいられるのは、もうわずかしかない。
「理系なら、羽賀女子も視野に入れて、滑り止めでそっち受けることになりそうなんだけど」
そんな彼女の言葉一つ一つが心に突き刺さった。紗代ちゃんと別れ別れになるのがつらいからではない。いや、まったく悲しくないということではないのだが、僕にはまだ自分の意志で志望校を決めるというそんな選択ができていない。覚悟がないから、僕は彼女にかける言葉がなかった。
「笹野君は? もう決めてるの?」
「えっと、僕は八津畑……かな、無難に」
「そっか、てっきり笹野君は白峰受けるのかと思っちゃった。頑張ってね」
「……うん」
わずかな罪悪感だけが残った。将来をきちんと考えている紗代ちゃん、その一方で僕が高校選びをした理由がただ単に姉から離れたいというそんな理由。姉のいた中学では散々だった。やっと彼女等が卒業して、わざわざまた同じところには行きたくなかった。
教師には白峰を勧められていた。それでも僕はそれを拒んだ。
「そろそろもどろっか。いい息抜きになっちゃった」
紗代ちゃんは両腕を上に大きく伸ばすと、スッキリとした笑顔になっていた。
「お互いに頑張ろうね!」
あああ、その笑顔でものすごく頑張れます。さすが僕の天使。
「うん。頑張ろうね!」
僕らは学習スペースに戻った。それからはもう紗代ちゃんから休憩のお誘いを受けるわけでもなく、ただ問題をひたすら解くだけになっていった。
ふと気が付くと、もう十七時を回っていた。
隣に目をやると、紗代ちゃんはまだ集中しているようだった。教科書と問題集を必死に見比べている。
続行するか、帰ろうか悩んでいると、サイレントモードになっている僕のスマホに通知が一件届いた。開くとそれは零からで、帰りに買ってきて欲しいものがずらっと書いてあるリストだった。
夕食の準備時か。それなら早く帰らなきゃだな。
僕はそろそろと帰り支度を始めた。その様子に気が付いた紗代ちゃんが顔を上げる。にっこりと笑った彼女は口の動きだけで「またね」と伝えてきた。
僕はそれに大きく頷き、手を振った。
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