7
「どうだ、これだけ拘束すれば動けないだろう。えぇ?」
『くそ……っ』
俺はすぐに口を開けて、腕を縛る草を食べる。でも、食べても食べても減らない。千切った箇所からまた草が伸びて、一層俺を縛り上げた。
「無駄無駄。いくらお前が食べようと、ここには沢山の植物がある。この場にいる限り、お前は私に勝てないんだよ」
『うっせぇっ! 余裕ぶっこいてんじゃねぇよ馬ぁぁぁ鹿っ!』
「チッ、少しは黙れよ。メェメェメェメェ、お前は本当に私を苛立たせるのが上手いな」
王子様が目を細めると、芝生の草が動いた。俺の口を塞ぐように、クルクルと巻き付いてくる。
モガモガ呻く俺を、王子様は馬鹿にしたように笑った。
「まぁ、お前のお蔭で事はスムーズに行きそうだ。ミルギレッド王女に付け込む隙を与えてくれて、感謝するぞ、メータ殿。これで私も、王配陛下となれるだろう」
『なにが感謝するだっ! お前に感謝されたところで、全然嬉しくないんだよっ!』
「ミルギレッド王女と結婚した暁には、お前もそれなりに可愛がってやろうではないか。なんせ、私達の仲を取り持ってくれたのだからな。ん?」
王子様はムカつく位勝ち誇った顔で、立ち上がる。
「しかし、躾がなっていないのは些か困るな」
うつ伏せでもがく俺を覗き込むと、ゆっくりと足を持ち上げた。
「未来の飼い主として、一体誰が偉いのか、しっかりと叩き込んでやらねば」
『お前なんかにっ、誰が飼われるかってんだっ。俺の飼い主はっ、ご主人だけだっつーのっ!』
怒りに任せて起き上がろうとした。けど、体は全然動いてくれない。草が邪魔して動けない。鼻息荒く暴れる俺を、王子様はもう一度笑った。
そして、上げていた足を、俺の頭目掛けて、下ろす。
迫る靴底に、思わず目を瞑った。体中に力を入れて、痛みに備える。
……しかし、いくら待っても、何も起こらない。
痛みどころか、足の重みも感じない。
代わりに、
「ぐへあぁっ!」
何かがぶつかる音と、王子様の悲鳴が、聞こえた。
王子様の声が、凄い勢いで離れていく。それに合わせ、別の何かも離れていく。
茂みに何かが落ちた音。王子の叫び。また何かがぶつかった音。飛んでいく雄叫びと、それを追い掛けていく足音。
俺の耳に、訳の分かんない音が連続して入ってくる。
ついには、ザッブーンッ、という音が、頭の上から聞こえた。少し遅れて、水しぶきも顔に掛かる。
一体、何が起こってるんだ。
俺は、恐る恐る、目を開けた。
『…………あ……』
上げた目線の先では、ずぶ濡れの王子様が、噴水の中に立っていた。
……いや、違う。
あれは、立ってるんじゃない。
持ち上げられてるんだ。
顔にいくつもの傷をこさえた王子様を、俺は茫然と眺めた。
と、不意に王子様の体が、右に大きく揺れる。
かと思えば、左に勢い良く吹き飛んだ。
芝生の上の叩き付けられた王子様は、小さく呻き声を上げるだけで逃げる様子はない。
ピクピク痙攣する王子様から、俺は視線を噴水の方へ移した。
噴水の奥から、大きな体が近付いてくる。いつぞやに聞いた軽快な足音とは違い、静かで重々しい雰囲気を漂わせていた。
俺の目の前までくると、その筋肉の付いた逞しい足を止めた。それから首を屈め、俺の顔を覗き込む。
「ベェ」
立派な角を持つ山羊顔が、至近距離で、鳴いた。
『リ、リーダーさん……』
「ベェ」
『あの、た、助けにきてくれたんすか……?』
「ベェ」
リーダーさんは更に首を屈めると、俺に巻き付いた草を食べ始める。まるで某掃除機みたいな吸引力で、草はモリモリ消えていった。
本当に助けてくれる感じだ。ちょっと感動して、お礼を言おうと目線を上げたら、
「ベェ」
リーダーさんの横から、別の山羊顔が現れた。
それも、一匹じゃない。
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
何匹もの山羊顔が、俺を取り囲んで草を貪っていく。
どんどん自由になる体。どんどん減っていく草。一分もしない内に、俺を縛り付けていた草は、綺麗さっぱりなくなってしまった。
俺は手を付いて、立ち上がる。周りを見回せば、リーダーさんよりも少し小さめな山羊顔さん達が俺を見下ろしている。
『あ、あの、皆さん、あざっす。お蔭で助かったっす』
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
『このご恩は、一生忘れないっす。本当に感謝してるっす』
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
『後で改めてお礼に行くっす。その時は、美味い菓子を持って行くっすから、楽しみにしてて下さいっす』
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
「ベェ」
うん、何言ってるか全然分かんない。けど、でもこういうのはフィーリングだから。大事なのは言葉じゃなくて気持ちだから。
俺は丁寧に頭を下げてから、リーダーさん達の間から抜け出した。手足を動かして、倒れる王子様に歩み寄る。
王子様は、仰向けに転がって白目を剥いていた。
俺は王子様の腹に跨って、もう爽やかさの欠片もない顔を引っ叩く。
「ぐぅっ、う、な、何を」
『おはようっす、王子様ぁ』
王子様は俺と目が合うと、引き攣った声を上げて暴れ出した。その動きを、尻の重さで封じ込める。ついでに芝生を触ろうとした手は、左右それぞれの足で踏ん付けてやった。
「や、止めろっ、退けっ! くそっ」
『ふっふっふ。大股開きの男に跨られて、さぞ不愉快だろう。ほーらほらほら。あんまり動くと、俺のイチモツさんが顔にくっ付くぞー』
「う……っ! お、おいっ、こっちにくるなっ! ちょ、近付けるなっ!」
首を目一杯伸ばして、王子様は抵抗をする。
その頭を掴んで、俺はずっと握り込んでいたものを、高々と掲げた。
にんまりと笑い、王子様を見下ろす。
『これでも食らえっ、この野郎ぉぉぉぉぉーっ!』
ご主人から奪い取った毒柿を、王子様の口に押し込んでやった。
食べた瞬間分かったのか、王子様はさっきよりももっと暴れた。その顔色は、月の下でも分かる位悪い。
『食えっ、食えっ!』
「うぐっ、ぐぅ、ぐえぇっ」
『ほらっ、お前が用意したんだろっ! 責任持って食えっ!』
「げぇっ、ぐぇっ、ぐぅぅぅっ!」
『自分が食えないもんっ、ご主人に食わそうとしてんじゃねーよっ!』
俺の怒声が中庭にメェメェ響く。王子様の吐き出そうとする音も、グェグェ鳴った。もう泣いてる王子様に、俺は更に毒柿を擦り付ける。
『これでご主人を狙った事を後悔しろっ! そして二度とくるな馬ぁぁぁ鹿っ!』
イチモツさんごと体を揺らして、毒柿を押し込んで押し込んで押し込みまくる。
そうしたら、王子様の喉が、上下に動いた。
王子様の充血した目が、弾けそうな程大きく開く。
「クライヴ様ぁっ!」
直後、俺の体は横に吹っ飛ばされた。
芝生の上を転がると、ニョキニョキ伸びてきた草にまた縛り付けられる。
「クライヴ様っ、大丈夫ですかっ? お気を確かにっ!」
「すぐに吐き出させるんだっ!」
「誰かっ、シラツナ草をっ! 早くっ!」
王子様のお付きのおっちゃん達が、王子様を囲んで慌ててる。あれやこれやと大騒ぎしつつ王子様の口から毒柿を吐かせて、代わりに薬草っぽい奴を食わせた。
周りを見れば、リーダーさん率いる山羊顔集団は、俺と同じく伸びた草に捕まっている。ベェベェ言いながらモリモリ千切り食ってるけど、すぐには動き出せそうにない。その奥では、メイドさんや兵士さんが野次馬的な感じで集まっていた。渡り廊下から俺達を見ている。
「貴様ぁ……っ」
不意に、顔に影が掛かる。
お付きのおっちゃんの一人が、凄ぇ怖い顔で俺を見下ろしている。
「ワインバーガー国の王子相手にこんな真似をしおって……許されるとでも思っているのかぁっ!?」
『うっせぇっ! それはこっちの台詞だっ! ご主人相手に毒食わそうなんてっ、許されると思ってんのかぁっ!?』
メェメェ言い返してやると、おっちゃんはもっと目と眉をつり上げて、歯を食い縛った。
怒鳴り声を上げて、勢い良く手を振りかざす。握られた拳が、凄ぇ速さで振ってくる。
俺は、咄嗟に目を瞑ろうとした。
でもその前に、おっちゃんの腕は、止まる。
「なぁ……っ!?」
俺とおっちゃんの間に割り込んできた影が、一つ。
「……言った筈だ」
それはおっちゃんの腕を、片手一本で軽々と止めてみせた。いくらおっちゃんが振り解こうとしても、ビクともしない。
「この者を少しでも傷付ける事は……」
丸出しの足を広げ、バーンと出た尻を落とす。
「妾が……許さぬとっ」
腰で軽く握られた拳が、おっちゃんの顔面にめり込んだ。
高々と突き上げられた細い腕。その延長戦上を、おっちゃんは飛んでいく。
パンチを繰り出した拍子に、肩に掛けてた布が、ズレた。
布の下からは、いつかの朝に盗み見た刺青が、大きな顔を覗かせる。
月明かりの加減のせいか、単に俺の気持ちの問題か、ちょっとキラキラ輝いて見えた。
『ご主人……』
小さく呼べば、ご主人は俺を守るように立ちはだかった。王子様達と、真っ向から対峙する。
ここからじゃ全然顔が見えないけど、多分、凄ぇ怖い顔してんだと思う。
だって、王子様達、超ビビってるもん。
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