第五章
1
前略。父ちゃん、母ちゃん、お元気ですか。俺は元気です。
いきなり羊になり、しかも別の世界にきて、最初は戸惑う事も沢山あったけど、あなた達の息子は楽しく羊生活をエンジョイしております。だから心配しないで下さい。
さて、突然こうして心の中で手紙を書いているわけですが、実は二人に報告したい事があるんです。
驚くかもしれませんが、俺に新しい父ちゃんと母ちゃんが出来ました。
「いいですかメータ様。私が『待て』と言ったら、決して動いてはいけませんよ? その場で体を伏せ、『よし』と言われるまでじっとしているのですよ?」
「頑張って下さいねー、メータ様ー。大丈夫ですよー、出来ますよー」
紹介します。俺の目の前で仁王立ちしているのが、母ちゃんのアイリーンさん。その後ろでニコニコしているのが、父ちゃんのシムさんです。
二人は恋人同士で、とってもラブラブで、俺の事を本当の子供のように可愛がってくれます。
「いいですかメータ様。私の動きに合わせて歩くのですよ? 傍から離れたり、勝手にどこかへ走っていってはいけませんからね?」
「アイリーン様をしっかり見ているんですよー。落ち着いて下さいねー」
最近は俺の躾と称して、よく一緒に遊んでくれます。上手く出来れば褒めてくれるし、出来なければ注意されます。でも、別に怒られる事はありません。何度もやり直して、それで出来たら目一杯褒めてくれます。
「いいですかメータ様。私が合図をしたら、そちらから走ってきて、この柵を飛び越えるのですよ? 引っ掛かったりぶつかったりしてはいけませんよ?」
「ちょっと高いですけど、でもメータ様なら出来ますよー。頑張りましょうねー」
シムさんは俺が何か出来る度、顔をニコニコさせてたっぷりと撫でてくれます。
アイリーンさんはそうでもありません。「結構です」と頷いて、すぐに次の遊びを始めます。
でも、俺は分かってます。
「な、何ですか、メータ様。私は、お菓子など持ってはおりませんよ」
アイリーンさんは、近所の偏屈なじいちゃんみたいな人なんだって。
他の人がいる所では全然構ってくれないけど、誰もいない所だと結構撫でてくれます。お菓子もくれます。この前なんか、ちょっと笑ってくれました。
「違いますよー。メータ様は、アイリーン様に褒めて頂きたいだけですよー。ね、メータ様ー?」
『そうっす』
「そ、そうですか。まぁ、そこまでおっしゃるのならば、し、仕方ありませんね」
咳払いをして、渋々感を出しながら俺の頭を撫でるところなんか、正にあのじいちゃんそのものです。
「良かったですねー、メータ様ー。アイリーン様に撫でて頂けましたねー」
『うっす。嬉しいっす』
「うーん、尻尾を振ってご機嫌ですねー。やはり母上に褒めて貰うのが、子供としては一番嬉しいんですかねー?」
「そ……っ、そういうわけでも、ないでしょう。メータ様は、その、ち、父上の事も、好いていらっしゃいますよ。私には、そう見えます」
「……そうですかねー?」
「え、えぇ。そうです」
「そうですかー。ふふー」
仲良しな二人に挟まれて、俺は今日も楽しく羊生活を送っています。だから父ちゃんも母ちゃんも、楽しく毎日をお過ごし下さい。
風邪引くなよ。芽太より。
追伸。助けて下さい。
「大丈夫ですよメータ様ー。痛い事はなーんにもしないですからねー。だから落ち着いて下さいねー」
シムさんはそう言うも、俺は抵抗を止めない。毛布的な布にグルグル巻きにされながらも、必死で逃げようと体を捩る。
痛くないからって、嫌なもんは嫌なんす。という気持ちを込めて、「メェェェェェ~ッ!」と鳴き喚いてみた。
そうしたら、どこからともなく水の縄が伸びてきて、俺の体と口を縛り上げる。
「メータ様。待てですよ、待て。大人しくしなくてはいけませんよ?」
「そうだぞメータ。これはメータの体の事を知る大切な儀式なんだ。不安かもしれないが、我慢してじっとしていろ」
ご主人とアイリーンさんは、壁の方を向いたままもがく俺を宥めてくる。
それでも、嫌なもんは嫌なんす。
少しでも邪魔しようとのたうち回る俺。その体をシムさんが抱き抱え、頭をエマさんが固定する。
本格的に動けなくなって、俺の焦りは募るばかり。モガモガ言ってどうにか抵抗を試みるも、もう尻尾と蹄の先位しか動かせなかった。
そうこうしている間にも、俺に迫ってくる影が一つ。
おばばだ。
コントみたいにプルプル体を震わせて、押さえ付けられる俺に近付いてくる。杖を付きつつ、皺だらけの口をもにゅもにゅ動かした。
かと思えば、その唇を、思いっ切り突き出した。
タツノオトシゴみたいな顔のまま、じわじわと寄ってくる。
嫌っす嫌っす。本当勘弁して下さいっす。
俺、善良な羊っすから。ちょっと人間に戻っちゃうだけのただの羊っすから。こんな押さえ付けてまで色々調べる程の価値もありませんし、きっとそんな事したって大した事は分かんないに決まってますって。
ね? ね? だからこんな事、さっさと止めちまいましょ
「んチュゥ~」
ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!
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