第三章
1
なんか、ゴソゴソ音が聞こえる。
なんだろう。俺は片目だけを薄っすらと開けて、辺りを見回した。
まだ夜が明けてないみたいで、部屋の中は薄暗かった。ほんの少しだけ窓から差し込む光を頼りに、不思議な音を探して目玉を動かしていく。
俺の寝床用に敷かれた布。転がり心地のいい絨毯。ご主人のベッド。本棚と小さい机。椅子。その奥に箪笥的なものが合って、出入り口の横には、上着と剣を掛けるスタンド的なものが置いてある。
と、ご主人のベッドの奥、丁度鏡とかがある辺りで、白いものが動いた。
女の人の、裸の上半身だ。
ビビって、思わず顔を伏せてしまった。ドキドキする心臓と内側から込み上がる熱に、一気に目が覚める。叫び出しそうな口を噛み締め、俺は、静かに深呼吸をした。
ゴソゴソという音は、未だに止まない。生々しい布の擦れる音に、何とも言えない感覚が俺の中に沸き起こる。
……少し位なら、覗いても良いのではないでしょうか。
いや、分かってるよ? 覗きは犯罪だって。
でもよく考えてみて。
俺、今、羊。
羊が着替えを覗いたところで、気にする女の人なんていますか? はい、いませんよねー。例えガン見されたとしても、羊だしって事でお咎めはないと思うんですよ。寧ろ「あ、羊だー。可愛いー」とか言ってちやほやされちゃうかもしれないわけで。
つまりは、あれだ。
いざ。
俺は普段使ってる寝床用の布の上から、ゆっくりと体を起こした。そして過去類を見ない程の慎重な動きで、ご主人のベッドへと這っていく。見つからないよう身を隠し、そーっと、首を伸ばした。
薄暗い中、ご主人はこっちに背を向けながらズボンのボタンを留めていた。ちょっと惜しい気がしなくもないが、しかし、上半身はまだ何も纏ってない。完全なる
俺は目を見開き、頭に焼き付けようとガン見する。
キュゥっとした腹は、服の上から見る以上に色っぽかった。でもただ細いんじゃなくて、ちゃんと筋肉も付いてますよーって感じ。胸は後ろからでも分かる位ドーンとしてるし、普段俺を軽々持ち上げる二の腕は、思ってたよりも細くて柔らかそうだった。肩から首のラインも超綺麗で、そんじょそこらのグラビアアイドルじゃ足元にも及ばないと思う。
流石俺のご主人。スタイル抜群で超エロいっす。
でも、その背中にデカデカと入った刺青が超怖いっす。
あれ、多分モファット国の紋章だよね。真ん中に水の流れで出来た馬みたいなのがいるし、俺の首にぶら下がってるプレートに、そっくりな奴が掘られてるし。うん、多分そうだ。
うわー凄ぇ。俺、刺青って初めてみた。光の加減のせいか、単に俺の気持ちの問題か、ちょっとキラキラ輝いて見える。
やっぱあれかな。ご主人次の王様になるらしいから、その証的な感じで入れたのかな。
俺はベッドの縁に顎を乗せ、前のめりになって眺めた。
「……ん?」
不意に、タンクトップ的なものに頭を通したご主人が振り向く。
「なんだ、起きていたのかメータ」
ご主人は微笑むと、タンクトップ的なものを着込みながら俺の元までやってきた。
残念ながら胸は拝めなかった。本当に残念だ。
「おはよう、メータ」
『うっす、おはようございます』
しゃがみ込んで俺を撫でるご主人。タンクトップ的なものを一枚挟んだ先で、いつもより柔らかめに胸が揺れている。
「今日は早いな。もしや、起こしてしまったか?」
『まぁそうっすけど、でも大丈夫っす』
「そうか。悪いな」
『お気になさらず』
メェメェ相槌を打つ俺に微笑むと、ご主人は立ち上がった。出入り口の横へ向かい、スタンド的なものに掛けてあった上着を取り、羽織る。
「メータ。妾はこれから鍛錬に行ってくる。朝餉までには戻ってくるから、大人しく待っていろ」
腰に剣を差しながらそう言うと、ご主人は部屋を出て行こうとした。
『ご主人ご主人、待って下さい。俺も行くっす』
俺は小走りで近寄り、閉まりそうになった扉に顔を突っ込む。
「こら、メータ。危ないだろう」
『さーせん。でも俺、ご主人に付いて行きたいっす。鍛錬とか見てみたいっす』
「ほら、良い子だから戻るんだ。いつもみたいにもう一眠りするといい」
『ご主人のダイナマイトボディを見て眠気も吹っ飛んだっす。責任取って俺も連れて言って下さいよー。この通りっす』
「む、なんだメータ。もしや妾と一緒にいたいのか?」
『そうっす。ご主人と一緒に行くっす。鍛錬とか超カッコイイっす』
尻尾を振ってメェメェお願いすれば、ご主人は仕方ないとでも言わんばかりに笑って、扉を開けてくれた。モフモフの黒い体をご主人にくっ付けて甘えれば、頭をワサワサかき混ぜられる。
「全く、お前は甘えん坊だな」
最後にポンと叩くと、ご主人は歩き出した。
これはオッケーという事だろう。
『あざっすっ。ご主人あざっすっ。流石未来の王様っ。よっ、太っ腹っ』
「しー、静かに。まだ寝ている者もいるのだから、良い子にしていろ」
『うっす、了解っす』
控えめに「メ」と鳴けば、ご主人は小さく笑い、静かな廊下を進んでいった。
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