第三章


 なんか、ゴソゴソ音が聞こえる。

 なんだろう。俺は片目だけを薄っすらと開けて、辺りを見回した。


 まだ夜が明けてないみたいで、部屋の中は薄暗かった。ほんの少しだけ窓から差し込む光を頼りに、不思議な音を探して目玉を動かしていく。


 俺の寝床用に敷かれた布。転がり心地のいい絨毯。ご主人のベッド。本棚と小さい机。椅子。その奥に箪笥的なものが合って、出入り口の横には、上着と剣を掛けるスタンド的なものが置いてある。


 と、ご主人のベッドの奥、丁度鏡とかがある辺りで、白いものが動いた。


 女の人の、裸の上半身だ。


 ビビって、思わず顔を伏せてしまった。ドキドキする心臓と内側から込み上がる熱に、一気に目が覚める。叫び出しそうな口を噛み締め、俺は、静かに深呼吸をした。


 ゴソゴソという音は、未だに止まない。生々しい布の擦れる音に、何とも言えない感覚が俺の中に沸き起こる。


 ……少し位なら、覗いても良いのではないでしょうか。


 いや、分かってるよ? 覗きは犯罪だって。

 でもよく考えてみて。

 俺、今、羊。

 羊が着替えを覗いたところで、気にする女の人なんていますか? はい、いませんよねー。例えガン見されたとしても、羊だしって事でお咎めはないと思うんですよ。寧ろ「あ、羊だー。可愛いー」とか言ってちやほやされちゃうかもしれないわけで。


 つまりは、あれだ。


 いざ。


 俺は普段使ってる寝床用の布の上から、ゆっくりと体を起こした。そして過去類を見ない程の慎重な動きで、ご主人のベッドへと這っていく。見つからないよう身を隠し、そーっと、首を伸ばした。


 薄暗い中、ご主人はこっちに背を向けながらズボンのボタンを留めていた。ちょっと惜しい気がしなくもないが、しかし、上半身はまだ何も纏ってない。完全なるだ。

 俺は目を見開き、頭に焼き付けようとガン見する。


 キュゥっとした腹は、服の上から見る以上に色っぽかった。でもただ細いんじゃなくて、ちゃんと筋肉も付いてますよーって感じ。胸は後ろからでも分かる位ドーンとしてるし、普段俺を軽々持ち上げる二の腕は、思ってたよりも細くて柔らかそうだった。肩から首のラインも超綺麗で、そんじょそこらのグラビアアイドルじゃ足元にも及ばないと思う。


 流石俺のご主人。スタイル抜群で超エロいっす。


 でも、その背中にデカデカと入った刺青が超怖いっす。


 あれ、多分モファット国の紋章だよね。真ん中に水の流れで出来た馬みたいなのがいるし、俺の首にぶら下がってるプレートに、そっくりな奴が掘られてるし。うん、多分そうだ。


 うわー凄ぇ。俺、刺青って初めてみた。光の加減のせいか、単に俺の気持ちの問題か、ちょっとキラキラ輝いて見える。

 やっぱあれかな。ご主人次の王様になるらしいから、その証的な感じで入れたのかな。

 俺はベッドの縁に顎を乗せ、前のめりになって眺めた。


「……ん?」


 不意に、タンクトップ的なものに頭を通したご主人が振り向く。


「なんだ、起きていたのかメータ」


 ご主人は微笑むと、タンクトップ的なものを着込みながら俺の元までやってきた。

 残念ながら胸は拝めなかった。本当に残念だ。


「おはよう、メータ」

『うっす、おはようございます』


 しゃがみ込んで俺を撫でるご主人。タンクトップ的なものを一枚挟んだ先で、いつもより柔らかめに胸が揺れている。


「今日は早いな。もしや、起こしてしまったか?」

『まぁそうっすけど、でも大丈夫っす』

「そうか。悪いな」

『お気になさらず』


 メェメェ相槌を打つ俺に微笑むと、ご主人は立ち上がった。出入り口の横へ向かい、スタンド的なものに掛けてあった上着を取り、羽織る。


「メータ。妾はこれから鍛錬に行ってくる。朝餉までには戻ってくるから、大人しく待っていろ」


 腰に剣を差しながらそう言うと、ご主人は部屋を出て行こうとした。


『ご主人ご主人、待って下さい。俺も行くっす』


 俺は小走りで近寄り、閉まりそうになった扉に顔を突っ込む。


「こら、メータ。危ないだろう」

『さーせん。でも俺、ご主人に付いて行きたいっす。鍛錬とか見てみたいっす』

「ほら、良い子だから戻るんだ。いつもみたいにもう一眠りするといい」

『ご主人のダイナマイトボディを見て眠気も吹っ飛んだっす。責任取って俺も連れて言って下さいよー。この通りっす』

「む、なんだメータ。もしや妾と一緒にいたいのか?」

『そうっす。ご主人と一緒に行くっす。鍛錬とか超カッコイイっす』


 尻尾を振ってメェメェお願いすれば、ご主人は仕方ないとでも言わんばかりに笑って、扉を開けてくれた。モフモフの黒い体をご主人にくっ付けて甘えれば、頭をワサワサかき混ぜられる。


「全く、お前は甘えん坊だな」


 最後にポンと叩くと、ご主人は歩き出した。

 これはオッケーという事だろう。


『あざっすっ。ご主人あざっすっ。流石未来の王様っ。よっ、太っ腹っ』

「しー、静かに。まだ寝ている者もいるのだから、良い子にしていろ」

『うっす、了解っす』


 控えめに「メ」と鳴けば、ご主人は小さく笑い、静かな廊下を進んでいった。

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