七話 童貞を捧げたい

 そしてどうにか一連の学習を終える。俺はそこそこパソコンが使えるのでそんなに難しくはなかった。


「んー、終わった!」


 華子が両手を上にやって大きく伸びをする。

 巨乳がそれをするとおっぱいが強調されてたまらんものがある。しかし華子は貧乳なので……お、かすかな膨らみが確認できるな?


「ん、どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」


 慌てて顔を背ける俺。

 華子が晴れやかな声をかけてくる。


「じゃあ、さっそく今日にでも作戦を実行なさい? 証拠、あるいはデータが集まったら私のところへ持ってくるように」

「ちょ、ちょっと待って!」


 俺は勇気を振り絞って華子に顔を向けた。ここで頑張らねば。


「なによ?」


 華子は怪訝な表情。

 この、極上の女には言わねばならないことがある。


「ほ、報酬を要求する」

「報酬?」


 華子はきょとんした顔。

 しかしすぐに冷たい視線を向けてきた。


「私たちは付き合ってるのよ? 恋人のためなのに、報酬を要求するなんておかしいわ」

「お、俺たちは本当に付き合ってると言えるのか?」


 俺がそう言うと、華子は自信たっぷりにうなずいた。


「言えるわ。さっき、手を握ってあげたでしょ?」

「い、いや……俺はこれから犯罪を犯すんだ。下手に兄貴に見つかったらどうなるか……殴られるかも? そ、そういう危険をかえりみず、俺は華子のために頑張るんだ」

「まぁ……そうね」

「だ、だから、それなりの……もっとしっかりした……証がほしい。恋人としての」

「む、むぅ……」


 華子の眉尻が少し下がる。

 困らせてしまったか? しかし、ここは前に進まねばならぬ。


「恋人らしいことをさせてくれ」

「……具体的には?」

「童貞を捧げさせてくれ!」


 華子が鬼か夜叉かというような目で俺をにらんでくる。

 このカフェの中では下ネタ禁止だと言われていた。だけど、今ここで主張しておかないと。

 俺たちは恋人同士だなどと華子は言う。

 本気で言っているのか今いち怪しいが、この際ウソでも構わなかった。

 目の前の極上の女に童貞を捧げる。

 それだけが、俺の望みなのだ!


「あんたねぇ……」

「やっぱり恋人なんてウソだったのか。純真な童貞を騙くらかすのが、華子の手口なんだ? 俺の兄貴とどっちが悪人なんだろうな?」


 挑発するようなことを言いながら、俺の心臓はバクバクしていた。駆け引きなんて俺の柄じゃないんだ。

 華子がふいっとむこうを向く。そして肩を震わせる。

 やべ、怒らせた? 全部がご破算? ……目の前に極上の女がいながら、みすみす逃してしまった?

 と、華子が勢いよく顔を戻してきた。艶のある視線を俺に向けてくる。


「分かったわ」

「え?」

「全部が終わったら、あなたの童貞をおいしくいただくわ」

「マジで!」

「しっ!」


 厳しく言われて叫ぶのをやめた。

 全ての男が望みながら、ほとんどの男はかなえられない夢――

 その夢を、俺は現実のものとする! 俺は、極上の女に、童貞を捧げるんだ!

 よかった……ホントによかった……童貞を守り抜いてきたかいがあった……。

 となれば、気がかりなことが。


「華子……ひとつ、確認しておきたいことがある」

「え、なによ?」


 俺はツバを飲む。

 今から聞くことは極めて重要だ。


「華子って、処女?」


 華子、全力のビンタ。

 まともに食らう俺。


「へぶぅっ!」


 テーブルの上に突っ伏す。

 華子が上から怒りに燃えた目で睨み付けてくる。


「なんてこと聞くのよ、あんた!」


 俺はどうにか起き上がった。


「き、極めて重要だよ。俺が童貞を捧げる相手が処女かどうか? 俺の運命を決定づけると言っていい」

「そうなの?」

「やっぱりケーケンホーフだったりする?」

「そうね……」


 華子が右手の人差し指で自分の髪をクルクルといじる。そして色っぽい流し目を向けてきた。


「ケーケンホーフよ、私」

「……そうなんだ?」

「当たり前でしょ? 私くらいの美人が処女なわけないわ。当日は私がリードしたげるから、安心して身を任せなさい?」

「なんだよ、中古かよ~~~!」


 テーブルの上に突っ伏す俺。


「え? え? ケーケンホーフは駄目なの?」


 華子が焦ったみたいな声を出す。

 俺は身体を起こした。やる気が三十パーセントくらい減少している。


「二人ともハジメテが理想だった……。ぎこちなく探るように触れ合うところから始まるんだ。今まで体験したことのない感覚に戸惑いながらも身体はさらなる快感を求める。相手が興奮する姿を見ているだけ興奮は際限なく高まった。もう抑えが効かない。理性のたがが外れた二人は乱れに乱れ、最後はお互いの名を叫びながら同時に達する。当然中出し。それは、二人にとって決して忘れられない特別な一夜になるはずなんだ……」


 俺は遠くを見つめた。

 その視線の先を華子がキョロキョロと探す。

 すぐに諦めたらしく首を傾げる。


「なんだかとってもキモチワルイ妄想ね」


 ぼそっとつぶやく。随分な言い方だ。


「妄想じゃないよ、理想だよ。なのに……なのに、中古だなんて……」


 俺は握りしめた拳をわなわなと振るわせた。華子はあごをかいたり居心地が悪そう。


「じゃあ……やめとく? 童貞を捧げるうんぬんはなしってことで?」

「いいえ、ぜひともお相手よろしくお願いいたします」


 華子の手を握って俺は熱望する。

 嫌そうな顔をして華子が手を引っこ抜く。


「離しなさいってば! とにかく、中古? それでやる気をなくしたりはしないでよ?」

「大丈夫、大分やる気は削がれたけど、まだまだみなぎってるから。兄貴の部屋にガサ入れ? スマホからデータぶっこ抜き? ヨユーヨユー」


 俺は頼もしく親指を立てる。


「よし、では頑張るように」


 極上の女たる華子がにっこり笑顔を見せてくれた。

 これだけで頑張れるというものだ。

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