二話 お付き合いの特典

 そして放課後。童貞同盟の面々と向かい合う俺。


「じゃあな、俺は先にくぜ」

「本当に征くのか? 俺たちを置いて?」

「言うな、斉藤。ここは浜口の旅立ちを見守ろうぜ」

「ありがとう、近藤。童貞同盟の盟主の座はおまえに託すぜ」

「……ああ、分かった。頑張れよ」

「ああ、ヒイヒイ言わせてくるぜ!」


 男たちは手を振り合って別れた。




 昇降口に達した俺は、二年生の下駄箱前で華子を待つ。

 いよいよだ……いよいよ、童貞を捧げる時が来た……。

 否応なく高まる緊張。猛り立つ一物。こんなことになるなら、三日くらい禁欲してたのに。

 やがて黒髪をなびかせて極上の女が現われた。俺には声をかけずに靴を履き替え、そのまま外へ出ていく。

 おいおい、また照れてるのかよ。

 俺は追いかけて横に並ぶ。

 

「よう、華子。今日はどうしようか?」


 まぁ、することは決まってるんだが。

 華子が立ち止まった。眉間にしわを寄せ。


「いきなりタメ口で呼び捨て?」

「いや、付き合ってるのに敬語もおかしいだろ?」


 うつむいた華子は口の中で何やらぶつくさ言っている。

 やがて顔を上げた。


「分かったわ。タメ口、呼び捨て、認めてあげる」


 そう言い捨ててずんずん先を行く。俺は慌てて追いかける。向こうの方が足が長いので追いかけるのも大変だ。

 横に並ぶとすぐ側に華子の手。素早く前後に振られている。

 おかしい……おかしいぞ? 付き合ってるのだから手はつなぐものでは?

 俺は自分の手を伸ばすが、華子の手の動きは早くてなかなかタイミングが合わない。

 声をかけて手を振るのをやめてもらうか? いや、ここは男らしくぎゅっと手を握るべし。

 よしっ! 握れた!


「ひゃっ!」


 華子がかわいい悲鳴を上げて俺から跳び離れる。俺が触れた手を守るように、もう片方の手で覆った。


「何するの、このヘンタイ!」


 罵声を浴びせてくる。

 明らかに反応がおかしい。


「いや、俺たち付き合ってるんだろ?」

「……そうね」

「だったら手くらい握るだろ?」

「そんなことないわ」


 え、そうなの?

 華子が両手を腰に当てて宣言する。


「この私は、付き合い始めたからってすぐに手を握れるような、そんな安い女じゃないのよ!」

「ええ~~~」


 思わず不満が口から出てしまう。俺としては、手どころかもっと大切なところを今日にでも合体させるつもりでいるんだけど?

 華子が厳しい目を向けてくる。


「何その態度? あなた、この私と付き合えるだけでありがたいとは思わないの?」

「いやまぁ、そうだけどさ。手すら握らないって付き合ってることになるの?」

「なるわ」

「そうなの? じゃあ、具体的にどんな特典があるの? 付き合ったことで得られる特典があると思うんだけど」

「特典? 特典……」


 華子が視線をさまよわせる。

 何もないのかよ。

 華子が俺を見る。その視線にはいつもの強い光を感じない。


「いちおう聞いておくけど、あなた的にはどんなのがお望みなの?」

「まぁ、いろいろあるけど。まず手をつなぐだろ? 次におっぱいを見るだろ? 続いておっぱいを揉むだろ? そしておっぱいを吸うだろ? さらに……」

「ちょっと待ってちょっと待って!」


 華子が声を荒げる。

 顔が赤いのは照れているからだろう。


「何? まだメインディッシュが……」

「なんで手をつないだ直後におっぱい見せなきゃなんないのよ!」

「でもおっぱい好きだし……」

「好きだからって、好きだからって!」


 地団駄を踏む美人。


「あ、おっぱいについてはあんまり期待してないよ。貧乳だもんね」

「ぐっ!」


 華子が歯ぎしりする。

 しまった、彼女のコンプレックスを刺激してしまったか。フォローしておかねば。


「大丈夫、最終的に童貞を捧げられたら俺は満足だから。おっぱいは小さな問題だよ」

「童貞を捧げる? それって、どういう意味なの?」


 不思議そうな顔をして首を傾げる華子。

 まさか、知らないわけがあるまいに。


「華子と初めてのセックスをするってことだよ。決まってるだろ?」

「ちょっと待ちなさい! なんで私があんたとセックスなんてしなきゃなんないのっ!」


 華子が俺の首を絞めてくる。苦しい苦しい、マジで苦しい。

 どうにか逃れて距離を取る俺。

 わがままな恋人に対して説得を試みる。


「付き合うんだから、セックスは当然でしょ?」

「当然じゃない! カフェでおしゃべりとか交換日記とか、他にいろいろあるでしょ!」

「ええ? そんなのガキのお遊びだよ。もう高校生なんだから、オトナらしい愛し合い方をしようよ。組んずほぐれつさ」

「あんた最低っ! 信じらんないくらい最低っ!」


 華子が射殺さんばかりの視線を向けてきた。

 当然、俺はフルに勃起する。

 華子の目が下を向く。俺の股間を見て首を傾げた。

 そこの膨らみをしばらく見た後、くわっと顔を上げる。


「シネ、ケダモノ!」


 華子、思いっきりビンタ。


「おぶぅっ!」


 俺はよろめいて尻餅をついてしまう。

 そんな俺を置いて華子はさっさと先へと歩きだす。

 しまった、よく分からんが怒らせてしまったらしい。このままでは童貞を捧げ損なう!

 と、華子がくるりと身を翻した。


「何してるの、早く来なさい?」


 ぶすっとした顔で言う。

 なーんだ、今のビンタはただの照れ隠しか。

 やっぱり今日が童貞最後の日だ。

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