おばあさんの家(赤ずきんちゃん異聞)
ツヨシ
本編
暖かくなった春の午後、赤ずきんちゃんが家でうとうととしていると、お母さんが言いました。
「ちょっとおばあさんにパンとぶどう酒を届けてきてちょうだい」
「はーい」
赤ずきんちゃんは、パンとぶどう酒の入った籠を受け取ると、いそいそと出かけていきました。
何故なら赤ずきんちゃんは、優しいおばあさんが大好きだからです。
おばあさんの家は大きな森の真ん中を横切る細道の中央付近にあります。
つまり森のど真ん中です。
なんでそんな所に家があるのかというと、亡くなったおじいさんがきこりだったからです。
小さな女の子の足ではけっこうきつい道と距離を、赤ずきんちゃんは苦もなく歩きます。
何故ならもうすっかり慣れた道だし、おばあちゃんが待っているからです。
やがて赤ずきんちゃんはおばあさんの家に着きました。
「お入り」
中に入って赤ずきんちゃんはびっくりしました。
おばあさんがいつも来ている古くてみすぼらしい服ではなく、この辺りでは見かけた事がないような派手で見るからに高そうな服を着ていたからです。
「おばあさん、その服どうしたの?」
おばあさんは一瞬戸惑ったようでしたが、すぐに答えました。
「なあに、ちょっとしたお金が入ったんだよ」
おばあさんが森で木の実などを集めて村で売っているのは知っています。
でもそんなことで、こんな服が買えるのでしょうか?
おばあさんは、穴が開くほどに服を見つめている赤ずきんちゃんから籠を受け取ると、言いました。
「いつもありがとうね。でも今日はこれから出かけなくちゃならないからね。もうお帰り」
おばあさんの家に来てすぐに帰されるのは初めての事でしたが、赤ずきんちゃんは何も言わずにそのまま帰りました。
「ただいまー」
「あら、早かったのね。おばあさんにちゃんと届けたの?」
「うん」
赤ずきんちゃんはそのままイスに座り、いつしか眠りにつきました。
しばらくして、またおばあさんのお使いを頼まれました。
普段ならうきうきするところですが、今回はそうではありませんでした。
前におばあさんの家に行った時のことが頭から離れません。
いつもよりも遅い歩みで森の中を進み、おばあさんの家に着くといつもよりも弱々しくドアをノックしました。
「おや、ご苦労さまね」
中に入ると見慣れたテーブルとイスが、昔おじいさんが作った古くて痛んだものではなく、あちこちに見たことがないようなきれいな飾りのついた新しいものになっていました。
服と同様に、見るからに高そうなテーブルとイスです。
「おばあさん、これどうしたの?」
「ちょっとお金が入ってね」
ちょっとのお金で買えるようなものには見えませんでしたが、赤ずきんちゃんは何も言いませんでした。
「とにかくお座り。座り心地がいいよ」
そのイスにはイスに直接弾力の効いたクッションが取り付けられていて、本当に座り心地が良かったのです。
赤ずきんちゃんは何だか嬉しくなりました。
その後はおばあさんといつものように楽しく過ごした後、赤ずきんちゃんは家に帰りました。
でも家に帰るとテーブルとイスのことが頭から離れません。
それにあの服。
いったいいくらするのでしょうか?
数日後、再びおばあさんへの使いを頼まれました。
赤ずきんちゃんは歩きながらずっと考えました。
――今度は何が新しくなっているのかしら?
そのうちにおばあさんの家に着きました。
中に入ると赤ずきんちゃんは、さして大きくないその家を隅から隅まで遠慮することなく眺めまわしました。
しかし今日はこれといって、前と変わったところが見当たりませんでした。
赤ずきんちゃんは思わず言いました。
「今日は何も新しくなっていないのね」
「お金が入ると思ったんだけど、さして入らなかったのだよ」
と、おばあさん。
その後はいつものたわいもない会話となりました。
そのうちに、あたりがだんだんと暗くなってきて
「今日はお泊りの日だね」
とおばあさん。
「うん」
と赤ずきんちゃん。
いつもは帰って夕方からお母さんのお手伝いをするのですが、時々お母さんが「今日はおばあさんの家に泊まっていきなさい」と言います。
それがお泊りの日です。
赤ずきんちゃんはお泊りの日が大好きです。
おばあさんと一晩いっしょに過ごせるから。
夕食を終えたころにはあたりはとうに真っ暗になっていました。
「それじゃあ、もう寝ようかね」
「うん」
狭いベッドでおばあさんと二人っきり。
赤ずきんちゃんはこれが好きで好きでたまらないのです。
飛び込むようにベッドに入ります。
後からおばあさんがそっと入ってきました。
赤ずきんちゃんがおばあさんの寝息を背中で聞きながらうとうととしていると、突然何かが聞こえてきました。
うおーーーん
――オオカミ?
そう、オオカミの声でした。
――でも何故?
オオカミは普段、森の東と北の方にはいますが、このあたりにはいないと聞いたことがあります。
事実、赤ずきんちゃんは何度となくおばあさんの家に来ていますが、その間オオカミは、ただの一度も見たことがありません。
たまに、遠くにいるオオカミのかすかな遠吠えを聞いた事があるだけです。
しかし今鳴いているオオカミは、間違いなくこの家のすぐ近くにいるのです。
「……おばあさん」
赤ずきんちゃんが身を乗り出して呼びかけましたが、おばあさんはぴくりともしません。
「おばあさん」
さっきよりは大きな声で言いましたが、結果は同じでした。
相変わらずぐっすり眠っています。
赤ずきんちゃんはあきらめて、ふとんを頭からかぶりました。
朝になりました。
赤ずきんちゃんが起きるとおばあさんはすでに起きていて、パンを焼こうとしていました。
しかしたきぎが足りないようです。
「起きたかい。さっそくで悪いけど、森でたきぎを集めてきておくれ。でも崖の下には決して行くんじゃないよ。わかったね」
――崖の下に行くな? 今までそんな事を言った事がないのに、どうしてだろう?
赤ずきんちゃんはその疑問を押し殺して「うん」と答えると、そのまま出て行きました。
たきぎになりそうな小枝が落ちている場所は知っています。
そこへ向かいました。
ところがいつもはたくさん落ちている小枝が、今日に限っては一向に見つかりません。
――ええっ、なんで?
赤ずきんちゃんは困ってしまいました。
――そうだ、崖の下にも小枝が落ちている所があったわ。
崖はおばあさんの家のすぐ裏にあります。
崖とは言ってもそれほど大きな崖ではなく、おまけに垂直でもありません。
それなりの角度はありますが、歩いて降りようと思えば降りられないことはないのです。
事実赤ずきんちゃんは、これまでに何度も崖の下に降りたことがありました。
――黙っていれば、わからないわ。
そう考えた赤ずきんちゃんは、一旦おばあさんの家に戻り、裏に回って崖を降り始めました。
足を滑らさないように注意深く降りていくと、程なくして崖の下に着きました。
すると赤ずきんちゃんのすぐ横にある洞窟から、大きな黒いものが飛び出してきました。
洞窟はおばあさんの家からほぼ真下の崖にあります。
洞窟とは言っても非常に小さいもので、大きくもなく深くもありませんが、その洞窟から黒いものが、不意に出てきたのです。
それはオオカミでした。
赤ずきんちゃんはおばあさんの家のあたりではオオカミを見たことがありませんが、村の近くでは何度か見かけたことがありました。
しかし今飛び出してきたオオカミは、それのどれよりも身体が大きくて、おまけに丸々と太っていました。
――昨夜のオオカミだわ。
赤ずきんちゃんの全身を恐怖が支配しました。
ところがオオカミは赤ずきんちゃんには目もくれず、そのままどこかへ立ち去りました。
ほっと一息ついた後、赤ずきんちゃんは思いました。
――あのオオカミ、洞窟の中で何をあいていたのかしら?
昇って間もない太陽は崖の正面にあり、さして深くない洞窟の奥まで照らしているはずです。
赤ずきんちゃんは洞窟の中に入りました。
そして見つけました。洞窟の奥にそれはありました。
人間の人骨。
ばらばらになった人の骨が二つ、ぼろぼろになった布切れとともに転がっていました。
赤ずきんちゃんの目にはその人骨は、とても真新しいものに見えました。
そしてさらに奥にもう一つ。
その人骨は手前の二つとは少し違っていました。
身体はほとんど白骨と化していたのですが、首から上はまるでまだ生きているかのように、きれいに残っていたのです。
りっぱな口ひげを生やした、高い頬骨の痩せた男の生首が。
――あのオオカミが食べたんだわ。
あまりのことに赤ずきんちゃんの身体は固まり、目は生首に釘付けとなりました。
そんな中でも赤ずきんちゃんは、必死で頭を働かせました。
――でも何故?
真新しい死体が、この洞窟に三つもあるのか。
考えて考えて考えているうちに、ある恐ろしい考えが浮かんできました。
おばあさんの家は森の真ん中にあり、以前より道に迷った旅人が訪ねてきて、一晩泊めてもらうことがあると言う事。
これはおばあさんから直接聞きました。
それに、この森を通る旅人は遠く西の国に行く人が多く、ゆえにお金をたくさん持っていると言うこと。
これは村の誰かから聞いた事です。
おまけにおばあさんの高そうな服と高そうなテーブルとイス。
お金が入るはずだったのに入らなかった、と言ったおばあさんの言葉。
一人目は服で、二人目はテーブルとイス、三人目はほとんどお金を持っていなかった。
――おばあさんが殺してお金を取ったんだわ!
旅人が寝静まったころを見計らって殺し、家の裏の崖から突き落とし、落ちたら洞窟の中に引きずり込む。
おばあさんでもそれくらいなら出来そうです。
――なんてことを!
その後の事は記憶にありません。
気がつくと、家の中にいておばあさんの前に立っていました。
「おや、たきぎはどうしたんだい?」
赤ずきんちゃんはしばらく黙っていましたが、やがて口を開きました。
「おばあさん、洞窟の骨は、いったい何なの?」
おばあさんの顔が一瞬で変わりました。
赤ずきんちゃんが今まで一度も見たことがないような形相に。
憎悪をむき出しにしたその顔は、人間ではない、何か恐ろしい存在に見えました。
「見たな! 崖の下には行くなと言っておいたのに!」
「……やっぱり。……ねえ、おばあさん、こんなことはもう止めようよ」
「いやだね。たいした苦労もなく大金が手に入るんだ。止めるなんて、冗談じゃない」
「……」
おばあさんが赤ずきんちゃんのすぐ近くまで寄って来て言いました。
「このことは誰にも言うんじゃないよ。二人だけの秘密だからね」
「……」
「なんだいその目は。おまえまさか、誰かに言うつもりじゃないだろうね」
「……おばあちゃんが止めないのなら、言いたくないけど言わないと。……だって、こんな事絶対にだめだわ」
すると突然おばあさんの手が伸びてきて、赤ずきんちゃんの首を絞めました。
それは老婆とはとても思えないほどの、強い力でした。
「かわいい孫娘だけど、こうなったらしかたがない。なあに孫はおまえ一人じゃないしね」
その時です。
ドアを突き破るようにして、何かが猛烈な勢いで飛び込んできました。
見るとそれは先ほどの大きな黒いオオカミでした。
「えっ?」
おばあさんが思わず首にかけた手を離したとたん、オオカミがおばあさんに向かってきました。
そのままおばあさんを押し倒すと、首にがぶりと噛みつきました。
「ぎゃーーっ」
おばあさんが抵抗していたのは短い時間でした。
オオカミが頭を激しく振り、おばあさんの首の肉を引きちぎると、おばあさんはぴくりとも動かなくなりました。
首の肉が半分近くちぎられて、そこから信じられないくらいの血が流れ出し、床をどんどん染めていきます。
オオカミはそれを見届けると、ゆっくりと赤ずきんちゃんの方を振り向きました。
しかしその時、オオカミの顔はオオカミではなくなっていました。
その顔は、りっぱな口ひげを生やし頬骨の高い痩せた男の顔。
洞窟にあった生首。
オオカミに食われて、今は身体がオオカミの体内にある男の顔に。
オオカミは向きを変えて、そのままおばあさんの家を出ました。
そしてそこで振り返り、赤ずきんちゃんを見て、にたり、と笑いました。
終
おばあさんの家(赤ずきんちゃん異聞) ツヨシ @kunkunkonkon
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