第37話 恐怖?のイベント


「みんな~、一緒に大きな声で叫んでね!」

「「はあいっ!」」

「せ~のっ」


「「「はぐっきぃ~っ!」」」

『ぐきぐっき~! みんな~、こんにちはぐきっ!』


 ぎゃあああああ……!

 ショッピングモール内にある、イベント会場。集まった大勢の家族連れ。

 子どもたちの大きな声で、呼ばれて現れたのは、なんとあの〈はぐっきー〉だった。ぬいぐるみでさえ、きも可愛いとギリギリ言える代物だったのに、着ぐるみとなると、可愛い要素がかなり減少している。ベースはゴリラかブタなのだが、ゆるキャラというより、歯茎の妖怪と言われた方がピンとくる容姿だ。おそらくゆるキャライベントというだけで子どもたちは集まってきたのだろう。

 自分たちが召喚してしまった恐ろしい妖怪に、子どもたちは恐怖の悲鳴を上げていた。泣き出す子どもたち、そんな子どもたちをなだめようと歯茎の飛び出た笑顔で近づくはぐっきー。早々に子どもを連れて逃げ出す親もいれば、せっかく来たのだからとはぐっきーイベントに残る決意をした親もいる。


 そんな悲鳴と泣き声が響くイベント会場の隅っこに、私と鬼島はいた。


「あの、行きたいところってもしかして、ここ……?」

「あぁ。初めてのはぐっきーイベントだ。どこに行こうか調べていたらたまたま見つけてな。絶対に茉里を連れて来ようと思った。はぐっきー好きだろう?」

「う、うん……」

 よりによって、初デートがはぐっきー絡みだった。

 そういえば、私にはぐっきーのぬいぐるみをプレゼントしたりと、鬼島の中では私は大のはぐっきー好き認定されているらしい。

 これは危険だ。まぁはぐっきーは好きではあるのだが。何故よりにもよって、という溜息を心の中でつく。しかし、鬼島が私のために色々と調べてくれていたことは素直にうれしい。ただ、タイミング良くなのか悪くなのか、はぐっきーがイベントをしていただけのこと。


(初めてのイベントがこんな地獄絵図って、はぐっきーも苦労してるなぁ)


 はぐっきーのテーマソング『はぐっきーのはぐきはピンク色』も、誰一人として一緒に歌ってくれていない。事前に振り付けの練習もしていたのに。でも、めげずにテンションを上げて歌って踊っているはぐっきーには頭が下がる。なんか、自分も頑張ろう、と思えてきた。

(あぁ、なんか涙出そう……)

 不覚にもちょっと感動してしまった。


 そうして、イベントは最後の記念撮影となる。

 しかし、かろうじてはぐっきーの歌の時までは残っていた子どもたちも、恐ろしい妖怪と写真を撮りたがらず、列に並ぶ者はいなかった。

 そして逆にはぐっきが去っていく子どもたちを追いかけ、さらに子どもたちが恐怖するという構図が出来上がっていた。


「なんだか子どものトラウマになっちゃいそう」

「確かにな。正直、まったく可愛いとは思えない。ゆるくもないしな」

「うん、気持ち悪いよね。でもなんだろう、一生懸命なんだなっていうのは伝わってくるから応援したくなる。私、ちょっと涙出そうだったもん」

「そうだな。茉里も一緒に写真撮ってもらうか?」

「え、それはいいよ」

「あのままじゃ、はぐっきー誰とも写真撮らないまま終わりそうだぞ」

「じゃあ、正義さんも一緒に撮ろうよ」

 断られるかな、と思っていたのに、鬼島はにやっと笑って私の手を取った。

「よし、行くか」

「うんっ!」

 辛くも、恋人との初めてのツーショット写真は、歯茎のピンク色だけは鮮やかな気持ちの悪いはぐっきーと撮ることになってしまった。

 それでも、このイベントはなんだかんだで楽しくて良い思い出になった。はぐっきーの姿に元気を貰えたし、感動もしてしまったし、何より隣に鬼島がいてくれたことが幸せだった。

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