第35話 お迎え

『朝ぐっきー! 起きるぐっきー!』


 土曜日の朝7時、はぐっきーのアラームが鳴る。今日は珍しく遅起きだ。鬼島とのデートだというだけで、緊張してなかなか寝付けなかったのだ。


 昨夜、ちょうど志野とデート服を見ている時に鬼島からメールがあった。

『どこか行きたい所はあるか?』と。

『正義さんと一緒ならどこでも楽しみです』

 私は鬼島と一緒にいられるならそれだけで幸せだなと思ったので、正直にその旨を伝えた。

『分かった。明日、11時に迎えに行く』

 なんと、家まで迎えに来てくれるらしい。なんだかんだ鬼島が家まで迎えに来てくれるのは初めてだ。そのことに浮かれていると、志野に「男が迎えに来るのは当然ですよ!」と素敵な笑顔で言われた。当然なのか。私はそんな経験今までなかったんですけど。やはり経験者は言うことが違うな、と感心しながら私は志野と一緒に色んな店で試着しまくった。


 そんな訳で、志野と選んだ私のデート服はといえば。

「うん、なんとか様になってる、かな?」

 春らしい薄ピンクのカーディガンと、白いフレアスカート。カーディガンのボタンは花型になっていて、可愛らしい。フレアスカートも、動く度にふわりと揺れて女性らしさを感じさせる。歩きやすいようヒールが低めのピンクのパンプスを履けば完成だ。

 似合っている、と信じつつも大丈夫かなと不安になって、私は鏡の前でそわそわと動き回る。

「うぅ、やっぱりいきなり張り切り過ぎかな?! ドン引きされるかな?!」

 化粧はいつもより時間をかけて丁寧にしたため、ノリがいいような気がする。ヘアアレンジも、不器用ながらに頑張ってみた。誰でもできる! というくるりんぱ。ハーフアップにしてくるりんぱをして、パールが散りばめられたバレッタを付ける。それだけで、なんだか華やかさが出てくる。

 しかし、逆にそれが恥ずかしくなってきた。鏡に映る自分のすべてが、いかにもデート張り切ってます! と主張しているように思えて、いたたまれない。いや、実際張り切ってはいるんだけども。


 デート前の準備だけで疲れそうだ。そんな私の耳に、チャイムの音が聞こえた。ん? と思って時計を見ると、10時50分。

(あーっ!! もう迎えの時間!!)

 準備はすでに出来ていたので、私は慌ててカバンを持って扉を開いた。


「茉里、おはよう」


 幸せそうな顔で私に微笑みかけたのは、私の大好きな人。休日なので眼鏡はかけていなかった。そのおかげで、鬼島のきれいな顔をじっくりと楽しめる。

 整った眉、切れ長の目、通った鼻筋、形の良い唇。バランスの取れた完璧な配置に、思わず私はうっとりと見惚れてしまう。鬼島は、シンプルな無地の白色のTシャツにネイビーのテーラードジャケットを羽織り、黒のスキニーパンツを履いている。職業は法律家というよりモデルだと言われた方が納得するほどにスタイルが良く、似合っていた。

 こんなにかっこいい人が私の恋人だなんて、まるで夢みたいだ。

 しかし、すぐに夢から覚めた。

「恋人を無視して何ぼーっとしてんだよ」

 さっきまで空気が甘かったのに、ドSモードに切り替わってしまった。

 でも。恋人という言葉が嬉し過ぎて、私はにやけてしまう。

「口元がにやけてるぞ。ったく、本当に茉里はかわいいなぁ」

 そう言って、鬼島が一歩私に歩み寄る。

「いつも可愛いが、今日は一段と可愛い。その髪型も、服も、よく似合ってる」

 張り切りすぎて恥ずかしい、なんて思っていたけど、こんなに嬉しそうな鬼島の笑顔を見たら頑張って良かったと思えた。

「でも、あんまり可愛過ぎると閉じ込めておきたくなるな。他の奴に見せたくない」

 と、すぐに笑顔を消して、鬼島は真剣な表情になった。私への独占欲がみえて、なんだか嬉しくなった。

「ふふ、閉じ込めてどうするんですか?」

「俺がずっとじっくり茉里を可愛がってやる」

 それもいいかもしれない。なんて一瞬でも本気で思ってしまった自分に驚いた。鬼島もさすがに本気ではないだろうが、そこまで言ってもらえることが幸せでたまらない。浮かれる心のままに、私は言葉を返す。

「じゃあ、私も正義さんだけを可愛がってあげます」

 私の言葉に、鬼島が息をのむ。

「反則だ。そんなこと言われたら本気で閉じ込めたくなるだろ。なんで俺の彼女はこんなにも可愛いんだろうなぁ」

 一度だけ、ぎゅっと私を抱き締めて、鬼島は溜息まじりに笑った。


「さぁ、お姫様。どうぞ」


 そう言って、鬼島は助手席のドアを開けてくれた。私をエスコートする鬼島は、本物の王子様のようで、もうずっと胸のときめきが止まらなかった。まだデートは始まってもいないのにこの有様だ。

 はたして、今日一日私の心臓はもつのだろうか。

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