第34話 デートのお誘い


『明日、デートをしよう』


 修習終わりにスマホを開き、私は目を見張った。

 何度も差出人と内容を確認し、これが現実であると認識した途端、口元が緩んできた。

 明日は週末で、修習は休み。最近、教官たちは実務修習の手配などで休みを返上していたが、それももう落ち着いたのだろう。

「……ふふ、デートかぁ」

 まだ今は外だ。スマホを見てニヤニヤしている変な奴だと思われないためにも、顔を引き締めなければと思うのに、無理だった。

 鬼島らしい、簡潔な文章。もちろん、絵文字なんか使っていない。恋人なのだからハートのひとつでもつけてくれたら嬉しいなぁとは思うが、それはそれで鬼島ではないなと私は複雑な思いにかられる。

 それでも、デートという言葉にどれだけ心がはねたか。

 ちゃんとしたデートがしてみたい、と思っていたところに、これだ。

(どれだけ私を夢中にさせるのかなぁ、あの人は)

 ニヤニヤしつつ、私は了承の返事を打つ。


『楽しみにしてます♡』


 私も普段絵文字を使う方ではないのだが、どれだけ嬉しかったかを伝えたくてハートマークを付けて送ってみた。

 しかし、送信してからすぐにやってしまった、と後悔した。浮かれてハートマークなんて付けてしまったが、鬼島に引かれていたらどうしよう。

 公衆の面前で堂々といちゃつくようなバカップルにはなりたくない。彼氏いない歴を更新中だった時には、バカップルを見て内心で蔑んでいたものだ。どうしてそんなにくっつき虫のように四六時中くっついているのかと。離れたら死んでしまうのかと。そんなバカップルの会話が漏れ聞こえたこともあり、会話の最後には見事にハートマークがついていた。その時は、絶対にメールでのやり取りでもハートマークを乱用しているに違いないと思ったものだ。

 そんな過去の荒んだ自分を思い出してしまい、私は頭を抱えた。


(うぅ、好きな人ができたら、浮かれてハートマークつけちゃうものなんだ……)


 私は今まで、自分はどちらかといえば冷静な人間だと認識していた。裁判官になる夢のため、勉強漬けの日々を過ごし、友人との語らいの時間もなかった。アルバイトの時だって、私的な話は一切しなかったし、特別親しくなった人もいなかった。今思えば、私はただ人とのコミュニケーションをとる時間が極端に少なく、一人の時間が多かったために冷静な人間だと思っていただけなのかもしれない。

 鬼島に関わって、本気で好きになってから、冷静な時なんてほとんどなかった。いつも鬼島のことを考えてしまうし、ずっと互いに触れ合った熱が忘れられない。

 幸せだ。あまりにも。

 これから先もずっと、鬼島の側にいたい。今の幸せがこれからも続けばいいのに。そう心から願う。今ある幸せが当たり前ではないこと、一瞬ですべてが壊れてしまうことを私は知っている。

 浮かれていたはずの心は、将来のことを考えて少し沈む。

 現実的にいえば、実務修習が始まれば、修習生は全国の裁判所や検察庁、弁護士会で学ぶため、本当に鬼島とは離れてしまうのだ。だから、もうすぐ鬼島とは遠距離恋愛になる。付き合ってまだ2週間も経っていないのに。

 だからだろうか、鬼島がデートに誘ってきたのは。付き合ってまだちゃんとしたデートもしていないし、実務修習で離れてしまうから。

 修習生にとっては、実務修習こそが本番だ。覚悟を決めて望まなければならないのに、鬼島と離れることを考えただけで胸が締め付けられる。夢に近づくための、大切な学びの時間だというのに。


「ダメダメ、せっかく正義さんがデートに誘ってくれたんだから、今は明日のことだけ考えよう」

 私の悪い癖だ。すぐに後ろ向きな思考に囚われてしまう。そのせいで今の幸せを失うなんてあまりに馬鹿らしい。私は気持ちを明日のデートに切り替える。

(んー、どこに行くんだろう? うわ、何着て行こう!)

 自分をあまり着飾ったことがないため、可愛い服なんて持っていない。鬼島と会う時も、修習に行くような地味めの私服ばかりで、時々スカートは履いていたものの、デートに向いているかと言われれば首を傾げるようなものだ。お洒落に縁がなかった私は、今更ながらに焦った。

(う、私どれだけお洒落に無頓着な彼女だったんだろ……!!)

 過去のしがらみや鬼島にときめくことに忙しくて、自分磨きまで頭が回っていなかった。あの別荘でも、鬼島が料理をしてくれて自分に女子力が欠けていることを痛感したというのに。

 いつも可愛い彼女でいたい。そう思っていたのは事実だが、実務修習の時期と重なったことですっかり忘れてしまっていた。

 こんな調子では、私は本当に鬼島に振られてしまうかもしれない!

 それは絶対に嫌だ。鬼島から離れたくない。

 私は慌てて志野に電話をした。


「急にごめん! 今から時間ある?!」


 そうして私は、戸惑う志野にお願いをして、夜のショッピングへと出かけた。

 目指すは、〈オレの彼女可愛すぎ! カレに絶対に手放せないと思わせるデート服〉だ。

 




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