第33話 二人の友人
あの夜から、鬼島の顔がまともに見れない。いや、もともと整った顔つきの鬼島を凝視することなどできなかったのだが、今は恥ずかしすぎて、見られない。
ーー茉里、愛してる。
そう言って幸せそうに笑った顔が、眩しくて、愛しくて、たまらない。
憧れだった鬼島が、本当に私の恋人なのだと実感して、胸のドキドキが止まらない。好きという言葉では足りなくなるほどに、鬼島への想いが膨らんでいく。
それはもう、私からまともな思考能力を奪うには十分で。
「……茉里さん?」
私の名を呼ぶ声に、はっと顔を上げる。声の主は志野だった。
そういえば、実務修習に行く前に開催しようと言っていた女子会の最中だった。完全に鬼島に脳内を支配されてしまっていた。最近、気を抜くといつもこうだ。
「大丈夫ですかー? 何か考え事でも?」
チーズフォンデュのチーズをかき混ぜていた手を止めて、志野が私をにやにやと見つめている。
「……なんだか、顔が赤いような?」
高岡も、なんだか悪戯っぽく私に笑いかける。
そうして二人からにやにやと面白がるような視線を向けられて、私はハハハと誤魔化すように笑った。が、そんなことで誤魔化せるはずもない。
「ふふふ、さぁ! 野々宮茉里さん、じっくりお話を聞かせてもらいましょうかー!!」
まだカクテルを1杯しか飲んでいないはずなのに、志野のテンションはかなり上がっていた。おそらくは、私の話を酒の肴にするのが楽しみで仕方ないのだろう。
「鬼島教官と、何か進展があったんですよね?!」
じゃがいもが刺さったフォンデュフォークをマイクに見立て、志野が笑顔で聞いてくる。その隣で、高岡もじっと私を見つめている。
二人には、ちゃんと話すつもりだった。
だから、私はとても恥ずかしかったけれども、口を開いた。
「実は……もう付き合ってたりして」
もごもごと鬼島と付き合っていることを告げると、二人は一瞬ぽかんとした後、同時におめでとうございます!!っと喜んでくれた。
それどころか、高岡は目に涙まで浮かべている。
「よかったです、本当に」
「茉里さん、幸せになってくださいね!」
高岡と志野の言葉に、私も心から今の幸せを噛み締める。
「ありがとう!」
こんな風に、自分のことのように喜んでくれる友人ができたこと。
本当に嬉しく思う。
しかし、感動したのも束の間、怒濤の質問攻めがはじまった。
「それで、鬼島教官はちゃんと優しいですか?」
「もうキスしました?」
「鬼島教官って、けっこう甘い言葉吐いたりするんです?」
「夜の方はどんな感じなんですかー?」
さすが女子会。私は初めて憧れだった女子会の恐ろしさを知った。
こんなにも堂々と恥ずかしい話を聞かれるなんて。
私は繰り出される質問に、ただただ顔を真っ赤にして口ごもることしかできなかった。
そんな私を見かねて助け船を出してくれたのは、落ち着いて見守っていた、というか面白がって見ていた高岡だった。
「かおるちゃん、最後の質問は茉里さんにはまだ刺激が強すぎるかも」
にっこり微笑む高岡が天使にみえた。しかし、この話題で冷静だということは、やはり高岡も恋愛経験は当然のようにあるのだ。すべてが初めての私とは違ってなんだか余裕がある。もちろん、志野は言うまでもない。
「んー、そうですねぇ。じゃあ、初デートはどこ行きました?」
高岡の言葉をうけ、志野は質問の切り口を変えてきた。
しかしその質問もまた、私を悩ませる。
(は、初デート……? あれ、私、正義さんとデートらしいデートってしたことあったっけ?)
鬼島の家には何度か行ったことがある。ついこの間は、別荘に連れて行ってもらった。しかし、それ以外で外出したことはない……と思う。
私がうぅん、と唸っていると、志野と高岡が目を見合わせた。
「茉里さん、まさかまだデートしてないんですか?!」
「え、いや、そんなことは……ない、と思う」
「なんですかその曖昧な答え! だったら早く言ってください。それとも、まさか初デートがホテル……鬼島教官ならあり得そうな気も」
「違う違う!! ホテルには行ってないよ!」
そこは全力で否定した。鬼島の名誉のためにも。
「ただ、その、まあお家にはお邪魔してる、かな?」
「付き合ってすぐにお家デート?! 鬼島教官ってやっぱり肉食系なんですね……」
家に彼女が遊びに行く、というのはやはりそういうことを想像されても仕方ない。せっかくホテルについて全力で否定したのに、結局そういうことになってしまった。
「いや、あの、ただ勉強を教えてもらったりしてただけだから! そういうことじゃないから!」
私はジト目で見てくる二人に必死で訴えた。本当に? と二人はにやにやしながら私を見る。
「ほ、本当に! それにほら、忙しくてあんまり会えなくて」
そう、あの別荘に連れて行ってくれた日の後からは、お互い忙しくて会えていない。私は実務修習の件で、鬼島は修習生の実務修習の手配などで。
連絡もあまりマメではない鬼島からは、時々しか連絡がこない。それでも、毎日修習所で会えるから、それほど寂しいとは思わない……という風に自分に言い聞かせている。しかし、あの夜のことが忘れられなくて、鬼島のことが好きすぎて、正直この会えない状況に救われてもいた。鬼島を見るだけで、その声を聴くだけで、あの夜愛された記憶が私の中に溢れてしまうのだ。顔は赤くなるし、頬は緩むし、何より恥ずかしくて鬼島を見ることができない。
「茉里さん、何を一人で悶々としてるんです?」
またしても、鬼島のことで頭がいっぱいになっていた。
「あ、ごめんなさい」
「ま、いいですよ。茉里さんが幸せなら、それで」
志野はそう言ってにこっと笑った。
「鬼島教官のこと、必死で庇う茉里さんをみて安心しました。ちゃんと大事にされてるってことですよね」
高岡も、優しい笑顔を向ける。
「志野ちゃん、高岡ちゃん……ありがとう」
二人は、何だかんだ面白がっているようで、私のことを心配してくれていたのだ。鬼島と上手くいっているのか、ちゃんと大切にされているのか、愛し合っているのか……。
友人とは、本当にいいものだと私は心から思った。
同性でなければ話せないこと、同性でなければ分かりあえないことは絶対にある。いくら恋人だからといって、鬼島に女子の会話なんてできない。それに、恋の悩みなんて、恋人にできるはずがない。
自分のことのように心配してくれて、悩みをきいてくれて、笑い合える、そんな友人が私にもできた。
ずっと、心の殻を割ることを恐れて独りだった私に、歩み寄ってきてくれた二人。
(二人に出会えて、本当によかった)
私は微笑みかけてくれる二人の友人をみて、思わず涙をこぼしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます