第30話 完璧?な恋人

 一人暮らしが長いためか、鬼島の料理をする手つきは良い。せっかく手伝いをしようと台所まで来たのに、私が手を出す暇もなく鬼島はあっという間に和風スパゲティを作ってしまった。


(料理姿までかっこいいなんて反則だ……!)


 私が手を出せなかった理由はこれだ。包丁を持つ姿も、パスタを茹でる姿も、盛り付ける姿までもが絵になっていた。鬼島に見惚れてしまって、私はまったく戦力にならなかった。

 女として、何たる失態……!

 しかし、なんでもできるなんてずるい。少しくらい、私にも見せ場をつくってほしい。せめて片付けだけは自分がしよう、と私は内心で拳を握った。


「いただきます!」

 結局すべて鬼島に任せてしまったが、それはそれでよかったのかもしれない。何故なら、目の前に出された和風スパゲティは完璧なのだ。白だしをベースにしたソースは、アルデンテの麺によく絡んでいる。メインの具材は鶏肉で、鷹の爪の辛みがアクセントになっている。

「んん~っおいしすぎる!」

「それはよかった」

 私が感激してほっぺをおさえていると、鬼島が嬉しそうに笑う。幸せだ。鬼島の作った料理を食べて、鬼島の笑顔を見られる。この時間がずっと続けばいいのに、と私は本気で思った。


 食器を片づけ、私と鬼島はふかふかのソファに二人並んで座っていた。ちょうど正面には暖炉があって、少し肌寒い夜にはちょうど良い。しかし、自分の右側に密着して座っている鬼島の体温の方が熱すぎて、すぐに暖炉は不要だと気づいた。隣をちらりと見れば、鬼島と目が合った。いつ見ても、きれいな顔立ちをしている。さきほどの料理のことといい、完璧すぎて少しむかついてくる。


「正義さん、ずるいですよ……ルックスも良くて、頭も良くて、料理までできて、どこまで完璧なんですか」

 少しだけむくれて言うと、鬼島に鼻で笑われた。

「俺のどこが完璧なんだか……それよりも、ずっと気になってたんだが、俺にいつまで敬語を使うつもりだ?」

 初対面の時は裁判官だったし、再会した時は教官だった。恋人になったからといって、そう簡単に敬語をとることはできない。自然に敬語が出て来てしまうのだから仕方がないではないか。しかし、鬼島は不満らしい。そりゃ私もいつかは敬語をとりたいなあとは思っていたけれど、今はまだ教官と生徒なのだし……鬼島を納得させられる答えなんて私が用意できるはずもなく、私は俯いていた。

「無視するとはいい度胸だな」

「ひぃっ! いえ、あの、違うんです! 無視とかじゃなくて、考えてたというか……」

「何を考える必要がある? 二人の時くらい敬語はやめろ。茉里は俺の恋人だろ?」

 はうぅ。どうしてこうも不意打ちばかりくらわせてくれるのか。最後の一言があんまりにも甘く耳に残っている。恋人。そう、私は鬼島の恋人だ。敬語くらい、取ってやろうではないか! そう気合いを入れたものの、口を開けても空気が抜けていくだけで声にならない。敬語をとる、というだけでこんなにも緊張するものなのか。

「あ、それと俺のことは『さん』付けではなく呼び捨てな」

 敬語を取るだけでも緊張しているのに、呼び捨てまで要求された。もちろん、好きな人の名前を呼ぶことが嫌な訳ではない。しかし、どきどきするではないか。鬼島がにやついている。私の反応を楽しんでいるのだ。素直に呼びたいのに、心臓がばくばくとうるさくて、なかなか言葉にできない。

「茉里、そんなに緊張しなくていい。ここには俺しかいないんだから」

 耳元で、鬼島に優しく囁かれる……が、そういう問題ではない。鬼島相手だから、どきどきしているのではないか。

「ま、正義……さん」

 やっぱり無理だった。いきなり呼び捨てなんてハードルが高すぎる。

「どうしても、敬語は駄目ですか?」

「当たり前だろ。ずっと敬語を使われてたんじゃ、教官の時と変わらないからな」

「そ、それはそうですけど……」

「それじゃあ、慣れるためにも練習するか」

「れ、練習……?」

 にやりと笑って、鬼島はとんでもないことを言い出した。

「今から、『正義大好き』を十回、しっかり気持ちを込めて言え」

 愛してるでもいいぞ? と鬼島は楽しそうに笑う。その笑顔に、また私は目を奪われる。けれど、そんなの無理にきまっている。

「い、いや、無理ですっ! 恥ずかしすぎる!」

 すでに心拍数は限界を超えているというのに、無茶を言う。しかし、全力で否定しすぎて鬼島のドSスイッチを押してしまった。

「ほぉ、茉里は俺のことが好きじゃないのか?」

「いえ、そういう訳じゃ……」

「だったら、言えるはずだよな?」

「え、それは、その……心の準備が」

「もう十分できてるだろ?」

 否定する度に、どんどん鬼島の顔が近づいてくる。いつの間にかソファに押し倒されて、鬼島の顔がドアップになっていた。


(この距離であんな台詞言ったら、私が誘ってるみたいじゃないっ!)


 絶対、わざとだ。鬼島の唇が触れるか触れないかの距離にあるため、私の顔は絶対真っ赤になっている。うぅ…と目を瞑っていると、鬼島の気配がふっと離れた。


「ふ、まあこのくらいで許してやるよ」


 その声に目を開けると、優しげな顔の鬼島に頭を撫でられた。

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