第19話 初めての女子会

 見上げれば輝く太陽、雲一つない青空。

 きっといい一日になる! と自分の心を奮い立たせて笑顔を浮かべてみても、奥底に沈む本音は晴れてはくれなかった。


「げっ……野々宮さん、前よりもすごい顔になってますよ! なんですか、その厚化粧は!」


 教室に入って私の顔を見るなり、志野は顔をしかめた。

 自分で酷い顔だと思ったからこそ、化粧で誤魔化そうとしたのだが……。


「野々宮さん、何かあったなら話聞きますよ」


 志野の後ろから顔を覗かせた高岡が、心配そうな顔をして優しく声をかけてくれる。志野も、大きく頷いている。


(どうして、この二人は私のこと心配してくれるんだろう……)


 私は、マスカラを付けすぎてしまった目でパチパチと瞬きを繰り返す。

 今まで、他人とこんな風に接したことはなかったのだ。

 嬉しいのに、うまく答えられない。喉がつっかえて、声が出ない。その代わりに、涙がボロボロと零れてきた。昨日号泣していたため、涙腺が緩みきっているのだろう。情けない。


「あわわわっ、どうしました? 私たち、何かしちゃいましたか?」


「泣かないで、野々宮さん!」


 慌てる二人を見て、さらに私は嗚咽を漏らす。


「ひっく、うぇぇん……う、うぅ」


 ここは修習所の教室。志野と高岡の他にも多くの人間がいる。

 人がいる場所ではいつもは気を張っていたのに、今は周囲のざわめきが気にならなかった。まだ会ったばかりで、友人なんて言っていいのか気が引けるのに、二人は私を心配してくれている。一人で気を張って、勉強だけに生きて行こうとしていたのに、こんなにも早く壊れてしまうなんて。

 でも、学生時代、ずっとこんな風に友人たちと過ごしてみたかった。きらきらした青春が憧れだった。

 そして、母にも楽しい青春時代を生きる私を見てほしかった。いろいろなことを思うと、ますます涙が流れてくる。


「野々宮さん、今日はもう勉強なんて忘れて女子会しましょ!」


 唐突に、志野が満面の笑みで宣言した。

 そして、ちょうど志野がその宣言をした時に教室に入って来たのは、鬼島だった。


「おい、志野。お前らの勉強には税金が絡んでるんだぞ。よくそんなことが言えるな」


 背筋が凍るような冷たい声音で、鬼島が志野に告げた。それにより、私の涙もぴたりと止まった。鬼島を見れない。私は鬼島の眼から隠れるように両手で顔を覆う。

 志野はひいいっと脅えながらも、首をぶんぶん振った。


「そそそ、そんなことしませんよ! さ、勉強、勉強っ!」


 志野が誤魔化しながら席に着き、教室内が静まり返る。

 そうして、鬼島の授業は開始した。


 *


「いやぁ~、鬼島教官怖すぎっ! イケメンだけど、あれは無理ですね」


「志野さんは、ここでそんな必死にならなくても、絶対イイ人みつかると思いますけど」


「そんなことないよっ! 仕事はじめたら絶対ストレス溜まるでしょ。イケメンの彼氏がいたら癒しになるじゃない! それに、狙うは私が仕事辞めても稼いでくれるようなイケメン実務家よ! 独身の実務家なんて、そうそう出会えないでしょ」


「志野さんと付き合う人、かなりハードル高いですね。でも、それで愛情は生まれるものなんでしょうか」


 私の目の前で、志野と高岡がカクテルを片手に熱いトークを繰り広げている。志野はカシスオレンジ、高岡は焼酎、私はビール。それぞれのイメージにぴったりすぎるお酒のチョイスはさておき、この状況、まるで女子会だ。

 何がどうしてこうなったのか。私は信じられない光景を前に、記憶を辿る。

 結局、朝から夕方までみっちり授業を受けることになった。当たり前だが。志野の女子会発言も、私を励ますための冗談だったのだろうと思っていた。すべての授業が終わるまでは。


『さ、じゃあ女子会しましょうか!』


 そう言って、志野が張り切って近くの居酒屋を探し、三人でお洒落な居酒屋に来た。

 そして、人生初の女子会がスタートしたのだ。

 同年代の女子で集まって、きゃっきゃうふふと楽しいお喋りに花を咲かせる。ずっと憧れていた女子会。私はあまりの感動に、話に入らずに徹底的に聞き役に回ってこの幸せを噛みしめていた。話題が鬼島だった時は心に痛みが走ったが、女子会の前では気にならない。にこにこと笑顔を浮かべて二人が話している様子を見ていると、志野に名を呼ばれた。


「野々宮さんも話に入ってくださいよ! 何のために女子会してると思ってるんですか!」


「……え?」


「野々宮さんが元気ないから、話を聞こうと思って来てるんですよ? 私たち、まだ出会ったばかりですけど、本当に野々宮さんのこと心配なんです。力になりたいと思ってるんです。同じ修習所の仲間として、友人として」


 志野の可愛らしいくりっとした瞳が、真っ直ぐに私に向けられている。


「野々宮さん、あんまり頑張りすぎないで、少しは力を抜いて私たちに頼ってくださいよ。その方が、私も嬉しいですから」

 にこっと高岡が笑う。

 二人の言葉がすぐには理解できなかった。

 今まで、誰かに期待してはいけないと思っていた。期待は裏切られるものだと思ってきた。寂しくて、誰かに見て欲しくても、私の側には誰もいなかった。人に迷惑をかけてはいけないのだと感情を殺してきた。良い子でいようと頑張っていた。苦しくても、大丈夫なふりをしていた。

 それが崩れてきたのは、いつからだっただろう。

 鬼島に再会して、感情をぶちまけるようになって。優しくされて、強がることができなくなって。

 志野と高岡が友人だと言ってくれて、心配してくれて。壁をつくろうとしていたのに、無防備に涙まで見せるようになって。

 ようやく、居場所ができたような気がした。

 まだ、信じることは不安で、期待して裏切られることが怖いけれど。


「……二人とも、本当にありがとう」


 友情って、きっときれいなことばかりじゃないんだろうって、分かってる。

 それでも、私には志野と高岡がきらきらして見えた。


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