第20話 友の励まし

「実は昔、鬼島教官にお世話になったことがあってね。まさかこの修習で再会することになるとは思わなかったけど、憧れてた人にまた会えて、嬉しかった……でも鬼島教官は覚えていないと思うし、昔のことは複雑で、まだ顔を合わせる勇気もなくて。だから、その、二人に嘘をついてしまいました」


 私が恐る恐る話すと、二人は顔を見合わせてにっと笑った。


「やっぱり。何かあると思ってたんですよ~っ!」


「そうそう、鬼島教官、けっこう野々宮さんのこと気にしてましたし」


 嘘をついたことに怒るのではなく、笑ってくれる二人に、私はほっとして笑みを返す。しかし、ぐっと二人に距離を縮められ、押し倒されそうになる。


「じゃあ、洗いざらい吐いてもらいましょうか!」


 ふふふ、と嬉しそうに笑う志野。高岡も引くつもりはないらしい。

 ひえぇぇ……と小さな悲鳴を上げつつも、二人には話したいと思う自分がいた。

 過去の暗い部分はカットして、私は再会してからの鬼島とのあれこれを簡潔に話す。もちろん、下僕だなんだの部分は鬼島のために伏せておく。

 初日から引ったくりにあって鬼島に助けられたこと、家の鍵をなくして鬼島の家に泊まったこと、昔のことを鬼島が覚えていてくれたこと、私の幸せを望んでくれているのに、私自身の恋心のせいで鬼島といるのが辛くなったこと……。


「野々宮さんは、鬼島教官のこと、好きなんですよね?」


 すべて聞き終えて、志野が真剣な顔で問う。

 私は、話しながらまた泣いてしまっていたので、涙をこらえながら頷く。泣いている私の背をなでてくれている高岡の手に、支えられる。


「……でも、鬼島さん、私のことに責任感じてるみたいだし、恋愛対象としてみてくれてない。だから、もういい……ぅう、この気持ちは忘れるの。二人に聞いてもらえて、本当によかった」


「駄目ですよ! そうやって、勝手に決めつけて諦めるなんて……野々宮さんが鬼島教官のことをすぐに忘れられるくらい軽い気持ちなら、別ですけど」


 志野の言葉に、胸がしめつけられる。諦めよう、忘れよう、そう思う度に胸が痛くて苦しくて。簡単に忘れられる軽い気持ちならよかった。目を閉じて浮かぶのは、厳しくも優しさを秘める鬼島の眼差し。安心して寄りかかってこい、というような広い胸。すべてを受け入れてくれるような、あたたかな抱擁。

 結局、何一つ、私は諦めきれずにいたのだ。口では諦めると言っても、心にはこんなにも鬼島が残っている。消したくないと心が叫んでいる。

 私は、心のままに首を横に振っていた。


「それなら、無理に諦める必要なんてありませんよ」


 優しく、高岡の細い腕に抱きしめられる。志野も、涙目になって頷いている。


「鬼島教官相手は手ごわいかもしれませんけど、片想い上等ですよ!」


 目に涙を溜めつつも、志野が笑顔で拳を天に突き上げた。その気合いの入れ具合に、私はふっと吹き出した。


「そうそう、女の子はそうやって笑ってないと! かわいい笑顔で鬼島教官をメロメロにしちゃいましょ」


「えぇ、それは無理だよぉ……私、志野さんみたいにかわいくないし、高岡さんみたいに大人っぽくもない……」


「はい、それ駄目ですよ~。自分を可愛がってあげなくちゃ、自信も持てません! 野々宮さんは、自分を卑下しすぎです!」


 と、志野が熱弁する。


「そうですよ。野々宮さん、とてもかわいいですよ」


 穏やかな笑顔で、高岡も励ましてくれる。

 何度、自分の顔を鏡で見てもかわいいとは思えなかった。しかし、二人が私を元気づけようとしてくれている。そのことが嬉しくて、自分の容姿がどうかなんてもうどうでもよくなった。


「ありがとう! 私、がんばるよ」


 この抑えきれない気持ちを、鬼島と通じ合わせることはできなくても、無理に消す必要はない。そう背中を押してくれた友人がいるから。きっと、片想いなんて辛いことばかりに決まってる。それでも、二人がいてくれたら、耐えられる気がした。


「そうと決まれば、早速鬼島教官の情報収集ですね。あとは、野々宮さんにモテ技を色々と伝授しないとっ!」


「え?」


 志野の意気込みに押され、この日は夜遅くまで女子力アップ講座を聞かされることになった。

 しかし、友人とお酒を飲みながら夜更かしなんて、人生初めての経験だ。楽し過ぎて、鬼島のことを想って傷だらけになって泣いていた弱い私はもういなくなっていた。


 前向きに、修習も、鬼島への恋心も、進めていきたい。私は改めて、そう決意した。

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