17:「俺と離れるのが、やなのか?」

 ラウラは、北を指差した。

 「見て」

 肉眼で、ではなく、遠隔透視リモートビューイングで、という意味だと理解し、兄妹はイメージに意識を移す。

 そこには、田園地帯を踏み砕きながら進撃する戦車、装甲車の群れがいた。

 「うぉっ、すげぇ数」

 「クーデター軍は、ワシントンD.Cを占拠し、調子付いてここリッチモンドまで南下してきている。合衆国側は、完全に不意を突かれて、未だにまともな対応ができていないようね。第三者である私たちが食い止めるしかないわ。具体的には……カズヤ、あなたよ」

 「え……俺?」

 兄は、自分のことを指差した。

 「あなたの能力は遠隔攻撃に都合がいい。だから、クーデター軍の車両を破壊してもらう」

 「刀なのに遠隔ってのも変な話だよな」

 「使用者の頭も、すこし変なようだけど……休むことばかり考えているし」

 ラウラは、くすりと笑った。

 冗談だと分かったので、兄はとくに怒ることはない。むしろ、妹のほうが口を出してくる。

 「ちょっとラウラさんっ! 兄さんは変なんかじゃないですっ。たとえ変でも、それはすべて私と一緒にお休みをとってくれようという兄さんの優しさなんですよっ!」

 「どこが変なのか、よく分かってるじゃない……まぁいいわ、ご馳走様」

 と、受け流すラウラ。

 「それから、妹さんのほうは南方のチェスターの町に向かって。クーデター軍は、川沿いにも侵入しようとしている。放っておけば、挟み撃ちだわ」

 「ええっ!? 私、兄さんと離れ離れですかっ! やですよそんなのっ、兄さんのお傍でお助けしたいのにっ!」

 「既に、町の中に敵の歩兵が侵入しているの。能力の特性上、あなたは小回りが利きそうだし……市街戦には一番むいていると思ったんだけど」

 「む……」

 ラウラの真面目な提案に、妹は押し黙る。

 「私は、瞬間移動テレポート遠隔交信テレパシーも使える。適宜、あなた達を援護するわ」

 「ちょ、ちょっとこの悪魔女! 勝手に話を進めないでくださいよっ、兄さんと私はっ――」

 「悪魔」などと呼ばれカチンときたのか、ラウラは恐ろしい顔になった。

 「兄さん兄さんってうるさいわね。それしか言えないの?」

 「兄さん兄さん兄さん兄さんっ!」

 妹は、ヤケクソな様子で怒鳴る。 

 「ブラザー・コンプレックスもほどほどにしておきなさい。……カズヤ、なんとか言ってやって」

 「うるさいですねっ。だいたい、出会って一日目で兄さんを名前呼び捨てしてるのも、ずっと気に食わなかったんですよっ!」

 ギャーギャーと、怒りを爆発させる妹。

 「まぁまぁ、妹ちゃん。何を怒ってるんだ? そう怒ることもないだろう」

 「ありですっ、大有りですよっ!」

 若干ヒステリー気味に、顔を真っ赤にしている妹。

 このままじゃ止まらなさそうだ――と判断した兄は、実力行使(?)に出た。

 「俺と離れるのが、やなのか?」

 「あっ……♡」

 無理やり笑顔を作りながら、兄は妹の下あごに触った。

 (こんなんで機嫌を直してくれるといいが……)

 内心冷や汗をかきつつ、兄は優しい声で続ける。

 「大丈夫。離れてても、またすぐ合流するさ。俺たちが、たかが地上の兵器ごときにやられるわけがない。伊達に訓練はしてないはずだ。そうだろう?」

 「は、はいっ、兄さん……!」

 「これが終わったら、すぐ休めるよ。一緒に旅行だっていける」

 「はい、はいっ……!」

 話の中身を聞いているのかいないのか、妹は機械的に「はい」を繰り返す。兄の手の感触を味わうので、頭がいっぱいらしい。

 「それに、人類を救ったんだ。三日だけじゃなく、三十日の夏休みくらい請求してやるって。だから今は……な?」

 くるっと手を回し、兄は妹の頬に触れた。そして、ニ、三度、軽く頬をたたく。妹の顔は、先ほどとは別の意味で紅潮し、恍惚とした瞳が兄をじっと見つめていた。

 「あああぁぁぁぁっ……兄さんっ……! はい、分かりましたっ。兄さんがそういうのでしたら、兄さんのためにがんばりますよっ♡」

 「おぉっ、ありがとう。いい子だな」

 大げさに驚いてみせ、兄はついに止めを刺す。

 妹の頭を撫でたのだ。

 黒い柔らかな髪が、かすかに乱れるものの、妹はイヤな顔ひとつしない。むしろ、 

 「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……♡」

 と、かすれた声を上げた。

 「あなた達……両方とも頭がヘンのようね。若干、気味が悪いわ……」

 ラウラが、ひいた目線をなげかける。どう見ても「若干」ていどでないことは明らかだった。

 「まぁ、あまりにも兄妹で会う機会が少なかったからなぁ。兄妹愛が圧縮しちまってるんだよ。つまり、変なのは、休みもくれず馬車馬のように働かせる、ヤタガラスの労働環境ってことだ」

 「だから、自分の性的嗜好を他人のせいにするのは止めなさい。……時間を無駄にしてしまったようね。二人とも、行って。我々SGPは、常に全力であなた達をサポートしているわ」

 「だってさ。妹ちゃん、俺のためにがんばってくれよ?」

 「分かりましたっ! 兄さんのために、皆殺しにしちゃいますよっ!」

 妹は、テンションが上がっているのか、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 「ちょ、ちょっと待って! 今回は、戦闘を止めさせるのが目的なんだから……武器や兵器を破壊するのはともかく、人命はなるべく奪わないで。クーデター軍の兵士も、米軍上層部……ひいては、オリオングループに操られているだけなんだから」

 「ふんっ、そんなのお安い御用ですよっ。私たちは超能力者サイキッカーですからね。じゃっ、行って来ますっ」

 妹は、南のほうを向くと、両手を地面についた。陸上競技で言う「クラウチング・スタート」の体勢。

 限界まで膝を曲げ、全身を震わせる。

 そして……

 「やぁっ!」

 地面を蹴る。

 コンクリートの道路に、妹の靴型のへこみができる。その圧倒的な脚力の反動で、彼女は飛び出した。

 そして、再び地面に足をつけることはなかった。空中へ、砲弾のように飛んでいく。

 「って、走っていくんじゃないんかっ!」

 放物線を描いて南へ消える妹へ、兄は渾身のツッコミをいれた。

 「なんだかギャグコミックみたいな妹さんね……」

 「そうだな……。まぁいいや、じゃ、俺も行ってくる」

 「えぇ、気をつけて」

 兄は立ち上がると、自分の体を「運動エネルギー」の層で覆った。

 兄の体を中心にしたあるサイズの球の表面に、念動力サイコキネシスによる外向きの動力を流したのだ。

 彼の強力な念動力サイコキネシスの力により、外側から内部に侵入しようとするほとんどの物体をふせぐことができる。

 たとえば、対物ライフルを撃たれたとしても、運動エネルギー場によって逆向きの力を加えられ、失速するだろう。

 物心着く前からの、彼の得意技でもあった。

 「あぁ、バリア張っておけば、戦車と鉢合わせても大丈夫さ。ま、そこまで近寄らないけどな。それじゃっ」

 兄は、さらに自分の体へ念動力サイコキネシスをかける。体が浮き上がり、高速で前方に突進し、あっという間にラウラの場所からは肉眼で見えなくなった。

 

 同時刻。アメリカ合衆国、ヴァージニア州リッチモンド。

 前進に外套を羽織った人物が、街角にあるビルの屋上に立っていた。街を睥睨し、しばらく無言だったが、

 「ここ……ここに、ヤタガラスの討ち漏らしがいるのだな? ラザ殿」

 『ああ、その通りだ。君が倒し損ねてしまった、彼女がね。さてどうすればロ-00の気を惹けるか……分かっているだろう?』

 「無論だ。我の行く道はひとつ。この手でロ-00を……! ふ、ふふふふっ……!」

 体を折り曲げて、全身外套の人物は哄笑する。

 間もなくビルから飛び降り、その姿は忽然と消えうせた。

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