18:「向こうを殺しちゃうかもしれないですしね~あはははっ」

 

 榴弾で半壊したリッチモンドの街を出て、北上すること数分。兄は、ちょうどいい森林を見つけ、そこに身を潜めた。

 「さて、敵のやつらは……あれかっ」

 秘密銀河計画SGPの能力者から送られてきた遠隔透視リモート・ビューイングイメージに、意識を集中する。

 兄から約4キロメートル北に、アメリカ軍――いまはクーデター軍――の戦車が進撃している。そのやや後ろには、装甲車。透視のイメージによれば、中には歩兵が満載されていた。

 (かなりの大所帯だな。うわー、時間かかりそ。まとめてふっとばせたら、まだ時間節約になるんだけど……)

 兄は、全車両を巨大なイメージ上の「刀」でなぎ払うところを想像する。

 それは、魅力的でないとはいえない。

 しかし、それでは車両の中にいる人員も、真っ二つにすることになるだろう。

 騙されて軍務に服しているだけの兵士を、自分の休日のために殺す――というのも、兄にはできなかった。

 (俺ってけっこうお人よしだよな……。でも、あんなに一生懸命やってるのを見たら、なんか情が移るわ……!)

 戦車の中で、せっせと操縦や通信に精を出す兵士たち。

 兄は、ヤタガラスで酷使されていた兄自身を、彼らの姿に重ねてしまったのである。

 (どこの国でも、戦うだけの鉄砲玉はこき使われるだけなんだなぁ……はぁ)

 生きるのに軽く嫌気がさし、兄はため息をつく。

 しかし、数秒の後に、ぱんぱんと自分の頬をたたいた。 

 「ま、くさっててもしょうがない。やるかっ」

 霊刀・オボロミユツを抜き、一閃する。

 車両、合計数十両。

 正確な位置を把握してからの、精密な遠隔斬撃リモートスラッシュが放たれる。

 切り刻む位置は、キャタピラーの外輪部分や、電気系統の電線、動力機関の部品など。

 複数の車両が、相次いで急停車した。いや、移動能力を失って停車せざるを得なくなったのだ。 

「よし……首尾は上々だな」

 まるで、スナイパーのような精密斬撃を追え、兄は満足の吐息を吐いた。

 先頭の車両が移動停止したことで、後方の車両がこれを追い越し移動を続ける。隊列が乱れ、時間のロスが発生していた。

 そこを狙い、さらにもう数撃。兄は、オボロミユツを振った。

 「今だっ!」

 後列車両が、停止車両と横並びになった瞬間――再び、精密な斬撃を繰り出す。すると、停止した車両は横並びになる。さながら、バリケードのようになった。

 停止車両が続発したことにおどろいてか、後方の車両は一時動きを止めている。仮に追い越そうとすれば、道を大きく迂回しなければならない。

 (人員を殺さずに動きを止める……か。まさにこういうことを言うんじゃないか? すごい上手くいってるし……俺、けっこう頭よくね?)

 とっさの自分の判断に、自画自賛する兄。

 「なぁなぁ、ラウラ。これ見てる? めちゃくちゃ上手くいっただろ? ……って、アリャ?」

 ラウラが声を拾って、遠隔通信テレパシーをしてくれると考えていた兄だが。なぜか、返事がなかった。

 「おかしいな? 忙しいのかな。まぁいいや、他の戦車も全部……んっ?!」 

 その時、兄は驚愕した。

 急に、戦車・装甲車部隊の様子が、見えなくなったのである。

 「あれっ……? ちょ、なんで? おい、どうしたんだ、遠隔透視リモートビューイングしてくれるんじゃぁ……!?」

 きょろきょろ見回し、目をこらしたりしてみる兄。もちろん透視能力のない彼に、戦車部隊が見えるはずもなかった。はしごを外された気になり、妙な胸騒ぎを感じる兄。

 「どうしたんだ、一体……!」

 遠隔交信テレパシーの答えはない。

 その代わり、兄の呼びかけに答えたのは、敵の砲撃だった。

 リッチモンドの町並みが、戦車の射程距離に入ったのだろう。

 大量の巨大な炸薬弾が、浅い放物線を描き、高層ビル群に直撃した。

 「っ……! しまったっ」

 いったいなぜ、返事が来ないのか――

 不安を覚えつつも、兄は刀を振るう。目視できる範囲で、放たれる砲弾を撃墜していくしかなかった。

 

 「どういうこと……なぜ遠隔透視リモートビューイングも、遠隔交信テレパシーもできないのかしら……!?」

 リッチモンドの街に潜伏しつつ、ラウラはそうつぶやいた。

 さきほどから目をつぶり、意識を集中しているのだが……いつもはできる遠隔透視リモートビューイングや、遠隔交信テレパシーができなかった。

 これらの能力は、非物質領域コズミックセクターに、能力者の思念ソート霊魂スピリットを飛ばすことで行われるものだ。

 非物質領域コズミックセクターは、「三次元の時間」と「単線的な空間」で構成される、肉眼では見えない世界。

 人が日常的に暮らしている、「三次元の空間」と「単線的な時間」の世界――物質領域マテリアルセクターは、これと真逆の存在だ。

 物質領域マテリアルセクターにいくら壁を築いても、超能力の前には無意味。透視リモートビューイング遠隔交信テレパシーは、あらゆる物質をすり抜けてしまう。

 逆に、遠隔透視リモートビューイングされるのを避けるために、あらかじめ非物質領域コズミックセクターに「バリア」を張っておく、ということは、よく行われる。

 しかし、今回はバリアていどの次元ではおさまらない。

 リッチモンドという空間に対応する非物質領域コズミックセクター全域が、黒い煙のような思念で覆われている。

 思念も、霊魂も、飛ばすことができなくなっていた。

 物質領域マテリアルセクター流に言うならば、妨害電波を飛ばされ、正常に電波の送受信ができなくなっている――という状態だった。

 「ここまで大規模な妨害をするなんて、聞いたことないわ……やはり、オリオン・グループは本気なのかしら」

 ラウラは、悔しげにくちびるを噛んだ。

 オリオン・グループも含め、ほとんどの宇宙人は、精神・霊魂の発達具合について地球人のはるか先を行っている。

 地球人の言う「超能力サイキック」も、彼らにとっては当然のものでしかない。その彼らが本気を出せば、地域一体に精神的妨害を行うこともできるのかもしれない――と、ラウラは分析した。そしてその分析に恐ろしくなる。

 (だとすれば、彼らが危ない……! 対策を練らないとっ)

 和也や妹の身を案じて、ラウラは駆け出した。

 

 リッチモンド南方、チェスター。

 大西洋からの川が注ぐこの地域には、既にクーデター軍の部隊が上陸。街に展開していた。

 合衆国軍の守りは薄く、抵抗できる人員はほとんどいない。いたとしても、すぐに捕まるか射殺されているようだ。

 まさに目の前で、一人の兵士が腕を組まされ、頭に銃口を向けられていた。

 (っ!? ま、まずいですっ。あのおじさん、殺されちゃいますよっ)

 バーと食料品店の間に隠れて、妹はおそるおそる頭を覗かせていた。

 妹は、慎重だった。

 とはいえ、べつに見つかって殺されるのが怖いわけではない。むしろ、逆だった。

 (もし見つかっちゃったら……戦闘になるでしょうし、私まともに戦ったら向こうを殺しちゃうかもしれないですしね~あはははっ……)

 だから、こうしてビビるウサギのような行動をしている。

 とはいえ、もはや余裕はなかった。

 「仕方ない……ですね」

 妹は、いったん路地裏に引っ込み、「ある物」を探す。

 兄とは違って、妹のほうはトリッキーな能力など持っていない。超能力サイキックの才能について、規格外の兄に適うはずもない。

 もちろん、多彩な能力を誇り、守護者ガーディアンを自認する自身満々なラウラにも、能力の幅において勝てる自身はなかった。

 (私にできることと言ったら……このカワイイ愛されボディで、敵さんをぶん殴ってあげちゃうだけですっ!)

 銃の撃鉄を下ろす音が、無慈悲に響く――

 しかし、妹も目当ての物を見つけ出した。妹は路地裏から身を乗り出し、

 「えいっ!」 

 と、「ある物」を投げつける。

 それは、石だった。

 何の変哲もない、手のひら大の石――しかし、妹の超強化された腕力にかかれば、即席の砲弾にもなる。

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