16:アメリカ内乱
「――というわけで、これから三日間休むからさ。留守中、よろしくな。ロ-06」
東京都某所。地下深くの、秘密結社ヤタガラスの基地。
コードネーム「ロ-00」の少年は、「ロ-06」の少女に向かって告げた。
久しぶりの休みということで、ほくほく顔の少年。
それに比べて、少女のほうは不満げな顔を隠さない。黒いボブカットの向こうから、怜悧な目線が少年をつらぬいていた。
「二人組の
「……おい、漢字間違ってるぞ」
同僚が休みを取ることに動揺しているのか、ロ-06は余裕がなかった。
「たわけっ。そなたが妾を置き去りにするのが、気に食わないと言っておるのだっ。用事くらい聞かせんか」
一歩、また一歩と、少女は少年につめよる。
「別にいいけどよ。俺、組織に妹が居るんだけど、そいつと遊びに行くんだ。海に、三日間」
「海に……三日……だとっ!?」
ロ-06は、天にも昇りそうな恍惚とした表情になる。
「休みをとって遊びに行く」――それ自体、ヤタガラスのメンバーにとっては夢物語のようなものだった。
「血のつながった妹なのに、しばらくあってないんだ。まぁ、可愛がってやるつもりだよ。うらやましいだろうが、邪魔しないでくれ」
「誰がうらやましがるというのだ、このたわけめがっ!」
「お前がさっき、自分で言ったんだろう!?」
立ち話のはずが、ちょっとした口げんかになる。
通り過ぎるヤタガラス構成員たちが、怪訝な顔で二人を見ていた。
「ともかく、下界に出るなら、妾に捧げ物をするがよい」
「……え? 何? ……要するに、お土産が欲しいってこと? 何があるかわかんないけど、地元の変なお菓子とかでいいか?」
「そのようなもので妾が満足するかっ。千年の時を過ごした妖狐の妾に相応しい、格のある品を用意してこんか!」
「ええ? ……んじゃ、油揚げとか?」
「……まぁよかろう。必ず
ロ-06は腕を組み、荒い鼻息をふきだしていた。少年は安堵し、地下基地の出口方面に歩き出す。
「それじゃあな、
「……っ!?」
少年も、少女も、地上で行動する時に備えて偽名を持っている。
「
「ばっ、バカモノ! 妾の真名を軽々しく口にするでない!」
「むしろ偽名だろうが」
あはは、と笑って少年は立ち去る。
自分の背中に注がれる視線を、基地の出口から出てしまうまで、彼はずっと感じていた。
「――と、言うことがあってさ」
破壊された建物の瓦礫に身を隠しつつ、兄はロ-06のことを説明し終えた。
「兄さん。その方、ものすごくキャラが濃ゆいですね……。なんですか、『
他の女を話をしたら、怒るかな? ――という兄の予想に反して、妹はむしろあっけに取られていた。
「まぁ変わったやつだったな。でも、なんでこんなとこにいるんだろう」
「私たちを助けにきてくれたんじゃないですか?」
「それなら、楽でいいんだけどなぁ」
「ちょっと、二人とも! 無駄話は止めて。来るわよ!」
ラウラが、北の空を指差す。
空には、今にも大地に降り注ごうとする砲弾の群れがあった。
「分かってるよ。任せといてくれ」
兄は、背中に背負っていた霊刀・オボロミユツを抜いた。
「頼むわよ。
「あぁ、見えてる」
「私も見えてますよっ」
兄はサムズアップし、妹は一回飛び跳ねた。
兄も妹も、持っている能力は、
つまり、物質・エネルギー系統(物理系等)の
これらの能力は、情報系統の
兄も、妹も、
だから、情報系等の能力者と、連携する必要がある。
ヤタガラスでもこのような戦術は行われており、兄も妹も慣れたものだ。
後方にいるSGPの能力者と
「もう着弾するわよっ!」
「よし、あれは俺がやる!」
砲弾の正確な位置と軌道が、兄の脳内にちょくせつ送り込まれる。
彼は、意識を集中し、刀を振るう。
たちまち、空を飛んでくる榴弾の外殻、信管、炸薬部分、すべてがきれいに切断され、解体された。
爆発力を失って、榴弾はただの部品に別れたのだ。兄妹が守っている街の、はるか前方に落下して、寿命を終える。
「おぉっ、兄さんすごいですっ!」
「まだまだっ!」
飛翔してくる無数の榴弾に対し、兄は次から次へと「
兄がいちど刀を振るうたびに、榴弾が解体されはじけ散る。
まるで早撃ちをしているかのように、空中の榴弾がつぎつぎと撃墜された。
街の北方の空で爆散しており、さながら花火大会のような光景を生み出している。
「――っ!」
兄は眼をつぶり、精神を研ぎ澄ましたまま、刀を振るい続けた。
やがて、遠方からの砲撃が途絶えた。兄が到着して以降、街に一発たりとも着弾することはなかったのだ。
「……す、すごいわね」
冷静なはずのラウラが、ぽつりと言う。むしろ、感想が自然に漏れたという風に、遠くをぼんやり見つめていた。
北の空には、爆煙がいちめんに広がっている。まるで霧のようだった。
「あんたが、俺を褒めるとは意外だな」
と、兄は何の気はなしに言った。
「……きちんと、褒めているでしょう!」
ラウラは金髪をスカートの端のようになびかせて(そのくらい力強く)振り向いた。
素直に褒めてしまったことが、恥ずかしいらしい。
「いや……俺のこと、嫌いなんかなぁって思って」
「別に、嫌いではないわ。ただ、気に食わないだけよ」
「ほとんど同じだろ、それ?」
兄は役目を終えた霊刀・オボロミユツの刀身表面をチェックした。
そこには、刀の使用者の意思発動を強化するため、白魔術の呪文が記されている。
といっても、インクで塗られているわけではなく、刻み付けられている。ちょっといじったくらいで呪文が消えることもそうはない。安心して、兄は鞘に霊刀を納めた。
「妬ましさと羨ましさで、頭がおかしくなりそうなだけよ」
ラウラは半笑いで、しかし半分は本気の鋭い目つきで、兄を見た。
「いや、もっとひでぇよそれ!」
兄とラウラが会話しているのが気に食わないらしく、妹がムッとして口を挟んでくる。
「ところでラウラさんっ。次は何をすればいいのですか?」
「……ええ。今のところ、世界各国で、蜂起が相次いでいるわ。きっと、オリオングループの手の者の仕業でしょう。いくらあなた達が強いとはいえ、世界中同時には行けない。ひとまず、ここアメリカのクーデター軍を迎撃してもらう」
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