15:「あなたの貴重な休日を救えるのは、あなた自身だけです」

 「兄さんは訓練中も成績トップ。年上の戦闘員の皆さんにも全員勝って、みごと最強のコードネーム"00"を獲得というわけですっ。私は32ですから、兄さんやっぱりすごいですよっ! ぱちぱちぱちぱちっ!」

 妹は、まるで自分のことを自慢するかのように、興奮で鼻を膨らませていた。

 「――と、いうわけで、俺、大抵のことなら何とかしてみせますよ。ぜったい、予約してた伊豆に行くまでには……二日後までには終わらせたいし! なっ、妹ちゃん」

 「はいっ、がんばりますっ!」

 兄と妹は、がしっと手を握り合った。宇宙人たちも、兄の経歴に満足したのか、うなずいている者が多かった。

 ふと、兄は疑問を覚えて手を上げる。

 「あの、俺からもちょっと、聞いていいかな?」

 「どうぞ。ただし失礼のないようにね」

 と、ラウラが許可する。兄は立ち上がり、

 「ええっと、こんなこと言ったばかりでなんだけど。良い宇宙人……の皆さんが助けてくれるなら、別に俺が働かなくてもいいんじゃないですかね? ぶっちゃけ、働きたくないんですけど……」

 「兄さん、さすがですっ! 常にご自分が休むことを考えてらっしゃるんですねっ」

 「あのねぇ、あなたたち……」

 ラウラが頭を抱える。

 まさか、そんな怠惰な質問をされると思っていなかったのか、宇宙人たちも返答につまっていた。

 その時――会議場に、とつぜん青い球状の物体が出現する。

 中から、一人の人型の存在が現れた。

 身長約10メートルはあろうかという、巨大な男性らしき影。はたしてそこに実在しているのかいないのか、体全身が微妙にゆらめいて、しかも白い輝きを放っている。

 神か、天使か――そんな感想を抱かせる存在だった。

 (宇宙人、だよな!? こんなにでっかいのもいるのか……!)

 と単純な感想を抱く和也。するとその宇宙人は、和也に目を合わせる。

 『そのご質問には、私がお答えしましょう』

 「え、えっと……あなたは?」

 超巨大な宇宙人。

 しかし、威厳はあっても、威圧感はない。むしろ、優しさを感じさせるような声だ。いちおうヒトヒューマノイドということもあり、和也は落ち着いて返事をすることができた。

 『私は、ナー=セウ=ルム。惑星同盟プラネタリー・アライアンスの一員として、この会議場に参上しました』

 ナーは、男性らしいが、しかし女性的な温かい笑みを浮かべる。

 『私たちは、あなたがた地球人を導くことはできません。ただ、あなた方が求めた時、助けて差し上げられるだけなのです』

 「そ、そうなの? でも、俺休めなくて困ってるし、ちょっとくらいっ」

 『あなた方の自主性を尊重するためです。それが、宇宙のルールです。救世主になれるのは、あなた方自身だけなのですよ』

 ナーは、巨大な指を持ち上げて、和也を指差した。

 「そ、そうですか……じゃ、しょうがないな」

 「に、兄さん、よくこんなでっかいヒトと普通におしゃべりできますね。すごく順応早いですっ」

 「そりゃぁ、早く終わらせないと、貴重な休みが終わっちまうからな」

 兄は、休みたい心が強すぎて、真剣な表情になっていた。

 『ロ-00。ロ-32。他の質問はございますか?』

 「あ、えぇっと……じゃあ、オリオン・グループとかいう連中の、特徴っていうか……倒すコツみたいのってありますかね?」

 兄は、いちおう尋ねてみる。

 ナーは、すんなり答えてくれた。

 『オリオン帝国エンパイアは、『洗脳』を最大の戦略としています。すでに、地球のあらゆる国家、あらゆる企業、あらゆる組織が、洗脳を受けたスパイに浸透されています。ですから、彼らの誘惑に屈しないことを、お勧めいたします』

 すると、ラウラが自信満々に口を挟んだ。

 「その点は、問題ありません。われわれ秘密銀河計画SGPは、この二人に、けっして妙な危害は加えさせません」

 「おぉ、心強いな。たのむぞ」

 少しくらい誰かに手伝ってもらわないと、休みが終わってしまう――と焦っていた兄は、ラウラに念を押した。

 「ええ、任せておきなさい」

 『――さらに、オリオン・グループは人工知能AIの技術に秀でているようです。彼らは、あと数日のうちに、適切な時間、適切な場所を計算し、人類を滅ぼすための布石を的確に打ってくるでしょう』

 それを聞き、兄は少し陰鬱な気分になった。

 (な、なんか、やっぱり面倒臭そう……。ほんとに、休み中に終わるんだろうな?)

 暗い表情を察したのか、はたまた心を覗いたのか、ナーは兄に声をかけた。

 『人類を救うのは、あなたです。他に、ご質問はございますか?』

 すると、一瞬の間をおいて、

 「あの……私、いいですか?」

 妹が、おずおずと手を上げる。ナーという宇宙人の大きさに圧倒されているのか、少々声のボリュームが控えめだ。

 「あのぅ……さっき私たちを襲ったのは米軍や自衛隊ですが……なんで、私たちを襲ったんでしょうか? とくに自衛隊なんて、同じ日本の組織なんだから、仲間だと思ってましたのに」

 『そのご質問は、先にお答えした通りです。オリオン・グループは、あなたがたの社会全体へ、洗脳・浸透工作を行っているのです』

 ナーは、淡々と告げた。

 「……ってことは、自衛隊も米軍もそいつらの手下で、信用できないってことか?」

 『完全な"手下"ではありませんが、しかし、浸透工作を受けており一枚岩ではありません。そして、それは『ヤタガラス』と呼ばれる組織も同様です』

 「なっ……!?」

 兄は息を呑んだ。そこで、自分の組織の名が出るとは思わなかったのだ。

 (そういえば……オリオン・グループに洗脳されたやつが、組織のみんなを皆殺しにしたとか言ってたっけ)

 和也は、組織ヤタガラスにそれほど思い入れはないが(むしろ充分な休みももらえず憤っていたが)、構成員が命をとられたとなれば、さすがに気分が悪く感じる。

 考えるうちに、組織で一番近しかったメンバーのことを、彼は思い出した。

 「そうだ。ナーさん、あの……ヤタガラスの"ロ-06"は……俺とチーム組んでたやつも、やっぱり亡くなったんですよね」

 返って来るだろう答えを予想しつつ、兄はあきらめ半分でたずねる。

 ……が。 

 『いいえ。彼女は現在、存命しています』

 兄は、急に立ち上がった。椅子が倒れ、大きな音を立てて床に転がる。

 「ほ、ほんとですかっ!? じゃ、じゃあ、いったいどこに……!」

 『彼女は、あなたがたの惑星表面上、アメリカ合衆国ヴァージニア州と呼ばれる地域にいます』

 兄は驚愕した。

 死んだとばかり思っていた仲間が、生きているというのだから。

 「なんで、そんなところに居るんだろ。さっきまで日本にいたはずなのに……ともかく、だったら。ラウラ、瞬間移動テレポートで、あいつを迎えに――」

 「ごめんなさい」

 ラウラは、兄の言葉を途中でさえぎった。そして、席を立ちテーブル上の宇宙人を見渡す。

 「たった今、SGPの本部から連絡が入りました。米軍の一部がクーデターを起こし、東北部の諸州を占拠。周囲の州に対して侵攻を開始したとのこと」

 「「えっ」」

 兄妹は、ラウラをマジマジと見つめた。

 「ヴァージニア州にあった、我々SGPの施設は、砲撃のあおりを食らって壊滅。地下施設に非難しているとのことです……」

 つとめて毅然と、ラウラは告げる。

 しかし、顔から血の気が引いていくのを、隠しきれていなかった。宇宙人たちも動揺し、互いにテレパシーで会話している様子。

 坂でボールを蹴飛ばしたような急展開に、兄妹はついていけない。二人とも、顔が硬直していた。

 「ヴァージニア州……ロ-06は、そこにいるんだよな」

 独り言のようにつぶやく兄。

 意外にも、それに返事があった。巨大な体躯の宇宙人・ナーだ。

 『あなたの貴重な休日を救えるのは、あなた自身だけです。コードネーム"ロ-00"』

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