14:月の地下の宇宙会議

 「そうか」

 兄はそれきり黙った。 

 ヤタガラスは上意下達の権威主義的な組織だった。

 上の人間の言うことには絶対服従――そんな日々の習慣が思い出され、「上層部」という言葉が出た瞬間、兄は黙ってしまったのだ。

 「あれ? でもラウラさん。なぜ瞬間移動テレポートしないんですか? こんな電車みたいなものに乗って」

 「瞬間移動テレポートはするわ。ただ、今から行く場所は非常にセキュリティの高い場所。だから、専用のポータルでの瞬間移動テレポートのみ、許可されているの」

 「そうなのですね。でも会議なんて……私、退屈しないといいんですけど」

 「その心配は要らないわ」

 ラウラは、ひとりでクスっと笑った。

 「「?」」

 兄妹は、二人してラウラの顔を覗き込む。ラウラが、何か含むような笑みを見せたからだ。

 「はじめて行くのでしょうから……絶対に、退屈することはないわ」

 「どうしてですか?」

 ラウラは直接は答えず、

 「……それどころか、あなた達がはじめて二本足で歩いた日と同じくらい、カルチャーショックを受けることになるでしょうね」

 「そ、そんなにすごいの……?」

 やがて、電車は青っぽい球体の中に入っていく。そこを通過したかと思うと、すぐに停車してしまった。

 「なんだ。まだ一分も経ってないのに……山手線の駅間隔より短いんじゃないか?」

 「瞬間移動テレポート装置だもの。さ、行くわよ」

 ラウラに連れられて、兄妹は歩く。どこかの建物で、内装はよくある普通の建物と変わりはない。ラウラと同じ制服のようなものを着ている人と、ときどきすれ違った。秘密銀河計画SGPの関係者なのだろう。

 「ここも基地なんですね。いったいどこにあるんですか?」

 「月よ」

 「「……は?」」

 兄も、妹も、真顔でラウラをまじまじと見つめた。が、ラウラは涼しい顔をしている。

 「月。地球の衛星、月の地下にこの基地はあるの。地下だから、窓から宇宙が見えたりはしないけどね……あら? 既に皆さんが集まっているわ」

 何も言葉を返せないでいる兄妹。

 それはそうだろう。一般常識に、真っ向から反することを言われたのだ。

 「……確か、月ってアポロ何とかが一回着陸しただけじゃなかったっけ?」

 兄は、やっとそう搾り出した。妹も、「うんうん」と無言で便乗する。

 ラウラは答えず、代わりに兄妹の服の表面を手で払った。

 「身だしなみの時間も与えられなくて、申し訳ないけれど。場合が場合なの、許して頂戴。じゃあ、入って」

 「お、おい、いきなりかっ」

 「質問に答えてくれればいいから。後は、説明を聞くだけよ。がんばりましょう」

 ラウラに促され、会議場に入る姉妹。

 そこには、数十人の人々がテーブルに腰掛けていた。

 しかし、彼らは人とは言えても、生物種としての「ヒト」ではない。

 「なっ……んだと……!?」

 仮想パーティか。

 特殊メイクの練習場か。

 はたまた、SF映画の撮影中か――

 そう勘違いさせるほどに、席に座っている人々の顔立ちは、一席ごとにまるで異なっていた。

 退化したうろこが残って、魚に似た外見の者。

 馬に似て、鼻先と口もとが少し突き出て、薄くたてがみのある者。

 薄い羽とくちばしのある、鳥型のような者。

 機械のマスクをしていて、顔の様子が窺えない者。

 ほとんど、ヒトと変わらない顔だちの者。

 誰も彼も、多種多様な顔立ちだが……ひとつ共通なことがある。

 兄妹が会議場に入ると、全員がこちらを向いたこと。目線も、仕草も、知性的なものを感じさせる。

 「な、なにこれ?」

 「宇宙人、といっても色々いるのよ」

 ラウラはさらっと言った。

 「ウマ科系エクイダエネコ科系フェライン魚類型ピスシーン鳥類型エイビアン、ヒトヒューマノイド……これでも、今日いらっしゃってるのは、我々SGPと交流のある種族のごく一部に過ぎないわ」

 「あ、あわわわわ……」

 「い、妹ちゃん大丈夫かっ」

 貧血気味のような妹の肩を、兄は支える。

 (会議場……月……秘密銀河計画……。そうか、やっと分かった。これは……宇宙人の会議、なんだな)

 兄はピンと来た。彼がじっとテーブルを見ていると、

 「っ!?」

 会議場の全員が立ち上がった。

 「……っ!」

 兄は、背中に携えていた霊刀「オボロミユツ」を抜いた。両手で構える。

 「ちょっと!? 何をしているの、カズヤ!」

 ラウラはあわてて兄にしがみついた。刀をおろさせようとする。

 「だって……こいつら、宇宙人じゃないかっ。地球を狙っているんだろ!? こいつらが、諸悪の根源なんだろ!?」

 「違うっ、違うの! とにかく、剣を納めてっ」

 しぶしぶ、と兄は刀をしまう。

 「ごめんなさい、時間がないと言っても、説明不足が過ぎたようね。この方たちは、宇宙人は宇宙人でも、陽性ポジティブグループに属する方たちの代表よ。彼らは、地球のために奉仕してくれているだけの存在。それに……今のは、挨拶してくれただけだわ」 

 「えっ」

 よく見ると、その宇宙人たちは立ち上がったまま、何をするでもない。じっとこちらを見つめて――ただ、人によってはこっちに合図や、ジェスチャーをしてくる者もいた。

 奇妙な、うなるような言語――和也はモールス信号を連想した――を発している者もいる。

 いずれにせよ、攻撃してくる様子は皆無。

 「で、でも、宇宙人が、人類滅亡がどーたらって」

 「それは、陰性ネガティブグループのオリオン座の宇宙人の話よ。この場に、そのグループは一人もいない」

 「……そ、そうだったのか」

 やってしまった――と、兄は心なしか肩を縮める。

 「ぷっ……落ち込んでる兄さん、カワイイですね」

 と、逆に妹は噴き出していたが。

 兄は、会議場のテーブルに向かって頭を下げた。なんとなく威厳を感じさせる宇宙人の面々に、失礼なことをしてしまった――という自責の念でいっぱいだ。

 「す、すいませんでしたっ……俺の勘違いですっ!」

 その謝罪にも、やはりジェスチャーなり、宇宙語なりで彼らは返答した。

 「さて、私、話をするから。ちょっと待っていて」

 ラウラは、しばらく黙っていた。が、目線を向けたり、身振り手振りをしている。遠隔交信テレパシーで会話しているようだった。

 やがて――

 「カズヤ、自己紹介して欲しいそうよ」

 「え? まじ……? でも俺、テレパシーとか使えないけど」

 「口で言ってもらって大丈夫。翻訳機は皆さん持っているから」

 「はぁ」

 ごほん、と咳払いしてから、兄は口を開いた。

 「あの……秘密結社ヤタガラス・コードネーム『ロ-00』です。あの、今回、人類がヤバいってことで、まぁ……ぶっちゃけ面倒くさいんですけど、人類滅亡したら妹と遊びに行けないいし、悪い宇宙人をやっつけられるようがんばります。……こんなんでいい?」

 「もう少し、やる気をみせて欲しかったけれど……」

 ラウラは、頭を抱えてそう言った。 

 すると、和也の頭の中に誰かの声が響く。

 『貴方は、若干2歳にして、すでに超能力サイキックを発揮したそうですね』

 馬に似た形の宇宙人が手を上げる。そこから、遠隔交信テレパシーが送られたらしい。

 「えぇ……2歳だから、よく覚えてないんですけど。聞いた話だと……飛行機に乗っていて、外国軍の戦闘機を念動力サイコキネシスで撃墜したとか」

 「そうですよっ、兄さんは生まれながらの天才なんですっ!」

 「実感が湧かない」という感じの兄。妹のほうが、かえって鼻たかだかだ。

 「資料によると……」

 ラウラは、板状の携帯端末を叩きながら、

 「1985年、機密物資を搭載した日の丸航空便に、各国軍の戦闘機や偵察機が計10機接近。その敵機を、すべて撃墜……日の丸航空便はミサイルを食らって墜落したものの、彼は念動力サイコキネシスで自分の周囲に壁を作りだし、生存。これを機に才能を見出され、秘密結社ヤタガラスへスカウトされた――とのことです」

 ラウラは、そう読み上げる。

 「スカウトというより、誘拐だけどな。逃げる自由もなかったけどな!」

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