13:ヒミツのいもうと房中術(キスじゃないよ!!)

 「私がですか? 兄さんがですか?」

 「二人ともだよっ」

 兄は、つばを飛ばさんばかりにツッコミを入れた。

 が、妹にはぬかに釘といった様子で、まったく通じない。自分の頬を手のひらで包み、甘いお菓子でも味わうように口をすぼめている。

 「あぁっ、ご存知ですか兄さん? 覆いかぶさったままでも、女性と男性、二人でいっしょに寝る方法があるんだとか……♡ そしたらきっと、ものすごく体力回復しちゃうでしょうねっ♡」

 「……」

 兄は、気恥ずかしくなり黙りこくった。

 「それにしても、妹ちゃんは爆撃機をぶっ壊すなんてよくやったよ。疲れただろ? 身体強化フィジカルエンハンスメントなんて、体力勝負だしなぁ」

 「兄さん、話をそらさないでくださいっ。そして横を向かないでくださいっ」  

 万力のような力で、兄の顔は真正面に向けられた。下手に抵抗すれば、首を折れかねない。

 「おい、こんなことに超能力サイキックを使うな」

 「だってだってぇ♡ 兄さんにいっぱいイジめて欲しいんですもんっ♡」

 「……さっきから、過激なことを口走りすぎだぞ、おまえ」

 いったい、どこからそういういかがわしい情報を得てるんだ――と、兄は、妹のことが心配でならなくなる。普段は離れて暮らしてるだけに、なおさらだ。

 「やぁぁぁぁぁぁンっ♡ 兄さんったらいけずですぅ~っ♡ もっとイジめてくださいっ……♡」

 調子に乗って攻めてくる妹だが、しかし、微妙に顔はこわばっている。きわどいセリフを言うのに、そうとう緊張しているらしい。

 (う~ん……どうしたものか) 

 「はぁ、はぁっ……♡」

 妹の荒い吐息を感じつつ、なんとか冷静に思案をめぐらす兄。

 (落ち着け、落ち着け……!)

 考え抜いた末に、兄の頭にピンと響くものがあった。

 「……そうだ、思い出したぞ。妹ちゃん!」

 「え、えっ? ……キャっ!?」

 兄は、妹を回転させた。

 今度は逆に、妹が下、その上に兄が覆いかぶさる形になる。妹の手を握ってやっていたが、それは妹が動けないということでもあった。

 「え? いったい何をっ、にいさ――んニュっ、んンっ……!」

 兄は、妹にくちづけした。

 「んむっ、はぷっ……!」

 「ふぁ、ぁっ……ちゅぷっ……♡ はぁ、はぁっ……ちゅぅぅっ……♡」

 妹は、極限まで顔を赤くしている。その熱量が兄の肌にまで伝わってきた。

 もじもじ、と妹が体を、そして脚をよじらせる。シーツと体がこすれて、兄の耳にはそれが、かすれ声のような甘い響きに聞こえた。

 「いもうとちゃんっ……!」

 「ふぁ……っ♡ んンっ、チュっチュっ……はぁ~っ、兄さん、にいさんっ……♡」

 ぺろっと、舌を出す妹に対して、兄が積極的に舌をからめる。すると、妹の体が激しくがくっと震えた。

 兄と妹が、重ねたくちびる――しかも、ただ触れるだけではなく、熱烈になぶり合うようなくちづけ。

 二人の兄妹愛が確かなものとなった瞬間、そのくちびるにエネルギー回路が形成される。

 一方向ではなく、双方向に。

 互いに、エネルギーを与え合うための回路だ。

 「あ、ぁ……ンちゅっ、ちゅっちゅるるるっ……♡ に、にいさぁんっ……♡」

 しばらく、くちびるを重ね合って、

 「んちゅっ、ぐちゅっ……! どうだ、妹ちゃん?」

 「んっ、はぁァっ……♡」

 兄は、妹からくちびるを離した。二人のくちびるの間に、唾液がねっとりと糸を引いている。二人のくちづけの激しさを、それが物語っていた。

 「なんか、体が変じゃないか?」

 「え、えっ……? 体ですか? そういえば……兄さんにキスされたら、なんとなく疲れがとれてスッキリした気が……!」

 妹は、肩をぐるぐる元気に回す。

 すると兄は笑って、妹の頭を軽く撫でた。

 「房中術って言うんだ。口づけすると、男から女へは身体的エネルギー、女から男へは精神的エネルギーが補給されるんだって。ヤタガラスでやると思うけど、まだやってない?」

 と、訓練で得た知識をそのまま吐露する兄。

 「ええっ?! そんなのやってません……」

 「そうか? でもけっこう役立つと思うぞ。実際、今だって使えてるわけだし」  

 兄は、なんでもない顔であっさりと言った。

 彼はあくまで、「回復術」を行った程度の意識しかなかったからだ。そんな兄を、妹は半眼でじと~っと見つめる。

 「兄さん! なんでそんなに平然と……もしかして、他の方とももうキスなさってるんじゃないでしょうね!? 白状してください!」

 「んっ……!?」

 実は、コンビを組まされていた能力者と、房中術をした経験がある――とは言えない。

 もちろんヤタガラスの高圧的な雰囲気の中で、上司に逆らえずやらされただけだ。「キス」だとか、色っぽいものではなかったのだが……和也は、話を微妙にそらした。

 「い、いや。だからキスじゃなくって、房中術だってば。ふつうのキスとは違うって。ていうか、兄妹でキスとかムリでしょ」

 「……!」

 妹は、ショックを受けたような顔をした。

 (あれ……? なんか地雷踏んだ?) 

 「……分かりましたよ、分かりましたっ! もう房中術でも何でもいいですからっ。だから、だから――」

 妹は顔をそらしていた。が、ゆっくりと兄と目を合わせる。その瞳は切なげに濡れていた。

 「――あなたの、好きにしてください」

 と、やたらに艶っぽい声で言う妹。

 (あ、『あなた』……?)

 妙な呼ばれ方に困惑する兄。が、とくに断る理由もない。

 (まぁ、単なる房中術だし……うん)

 「はむっ、ンぐっ……」

 再び、妹のちいさなくちびるに口づけする兄。妹は甘い声を漏らして、兄のくちびるを受ける。 

「んンっ、ふぁっ……チュっ、ぷヂュッ……ん♡ 兄さんっ……♡」

妹にエネルギーを送り込むつもりで、くちびるを重ねる兄。

 (あ、あれ……たんなる房中術なのに。なんで俺、こんなに心臓ドキドキしてんだろ……?)

 唾液が妹の口からつつっと垂れた。彼女の綺麗な顔を汚す。

 「妹、ちゃんっ……!」

 「ンむっ、くちゅチュ……っ♡ ふぁ、兄さん、にいさぁんっ♡」

 兄妹が大盛り上がりになった成果か、房中術によるエネルギー交換は滞りなく終了する。

 いわば、食事を終えて満足した時のように。

 妹は、すっかり寝付いていた。 

 「……ふぅ。なんかギリギリな気がしたけど、無事に終わったか。よくがんばったな、妹ちゃん」

 「んン……ふふっ」

 妹は、寝言のような言葉を発した。

 「うん、いい子いい子」

 妹の頭をなでているうちに、兄も眠気に耐えられなくなる。

 自然とまぶたが落ち、意識も睡魔に刈り取られていった。

 

 そして、約一時間後

 「起きなさい。出発の時間よ」

 と、ラウラが病室のカーテンを開ける。

 そこには、兄に抱きつきながら、いっしょのベッドで眠っている妹の姿があった。 

 「あっ……」

 ラウラの声で、目を覚ましたらしい。決まり悪そうに、ラウラのほうを見る。

 「……あなた達、何をしているの?」

 「兄さんに夜這いをかけてるんですっ! 邪魔しないでくださいっ!」

 「う、うぅん……?」

 妹の声で、兄も眼を覚ましてしまった。

 「ヨバイ……? 何かしら、それは」

 「そんなことどうでもいいんですっ。兄さんのドレイの分際で、奥さんの愛情表現を邪魔するとは何事ですかっ」

 「……いつ俺の奥さんになったんだ、妹ちゃん」

 起きてすぐ状況を把握した兄は、寝起きのくぐもった声で言った。

 「やぁンっ!」

 兄に頭を軽く小突かれ、妹は可愛らしい悲鳴を上げる。

 「……家族の関係に口を挟むつもりはないけど。これだけは言わせて。あなたたち、チョット気持ち悪いわ」

 少し青ざめた顔で、ラウラは言った。やれやれ、と両手をかかげている。

 「す、すまん。たぶん、妹ちゃんは、会えなかった362日分を取り返そうとしてるだけなんだ。気にしないでくれ」

 「そう……。いつか、いつでも会えるような平和な日々が戻ってくるといいわね」

 「そんな生暖かい目をしないでくれっ!」

 兄妹は、ラウラに付き添われて病院を進んでいく。隠しドアを開けた先に、秘密の階段らしきものがある。

 それは、地下鉄のホームのような場所につながっていた。もっとも、周囲には人影はない。

 「うぉっ……。で、電車?」

 一般的な電車に良く似た乗り物が、一両だけ線路を走ってくる。促され、兄妹はそれに乗り込んだ。

 「ええっと……これからどこに行くわけ?」

 「これから、SGPの会議場に行く。あなたに、上層部からじきじきに説明があるわ」

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