12:「夢を忘れない限り、私は子どものままでいられる」

 「ふっ……くすくすくすっ……あははははっ!」

 ラウラは大笑いした。兄妹は、ぽかんと見守る。

 「ンふふっ、くふっ……あはははははっ、い、痛いっ、いたたたたっ……!」

 と、お腹を押さえるラウラ。体力がまだ戻っていないらしく、腹筋をつかって笑うのも苦労しているらしい。

 「あの、ラウラ……?」

 「ふふ、ふふふふっ……ごめんなさい。なんでもないわ」

 「いや、涙拭きながら言われても……」

 「ふっ……。貴方たち、ずいぶん仲がいいのね」

 ラウラは、ようやく笑い止んだ。

 「まぁ、普段あんまり会う機会がないから……その分、仲が良いって感じかな」

 「そうですよっ。私たちの間に、誰かが入る余地などないんですっ」

 妹は、兄に抱きついた。確かに、隙間ひとつない。

 「まるで、小さい子どもね」

 「はははは……」

 妹にしがみつかれたままでは、どんな反論をしても説得力はなさそうだ。兄は、乾いた笑いでごまかす。

 「……にしても、ラウラだってずいぶん子どもっぽい気もしたけどな。英雄ヒーローになりたいだなんて」

 「そうかもね」

 ラウラは、皮肉でも自虐でもなく、ただ純粋に笑った。

 「夢を忘れない限り、私は子どものままでいられる――そう思うの。カズヤ、あなたの実力は分かった。けれど……あなたが油断するようなら、私があなたの地位、いつでも奪ってしまうからね」

 「……むしろ、奪ってくれちゃっていいんだけどな」

 兄とラウラは、顔を見合わせて微笑んだ。

 と、妹が口を挟む。

 「あ~っ! ちょっとラウラさん!? 何、兄さんといい雰囲気になってるんですかっ」

 「なってないから安心しろ。あ、そうだ……ところでラウラ。俺の右ひじも、まだふさがってないし治癒ヒーリングして欲しいんだけど」

 「いいわよ」

 ラウラは嫌がる様子もなく、兄のそでをまくってくれる。そして手をかざした。傷が、どんどんふさがっていく。

 英雄願望以外は、どうやらそこまでクセのある人物でもないらしい。兄は、少し安心した。

 「これでいいわね」

 「早いな」

 「足を切り落とされでもしなければ、こんなものよ」

 と、ラウラはウインクした。至近距離でそんな仕草をされたため、和也はすこしうろたえる。

 「あら、どうしたの? 顔が赤いわ。体調でも損ねたのかしら」

 「……いやっ、なんでもないから気にしないでくれ」

 兄は、両腕を振って拒絶の意思を送る。

 「気にしないわけがないでしょう。オリオングループと戦うための貴重な戦力なのよ、あなたは」

 「その貴重な戦力を、自分から消耗させたのはどなた様でしたっけ……?」

 と、妹がジト目でラウラをにらむ。

 「それはそれとして。すこし診せなさい」

 「うぉっ!?」

 ラウラは、兄のおでこに触れようとした。発熱の有無を確かめようとしているらしい。

 ……が。ガラス球のような二つの碧眼が近づいてきて、兄は思わず顔を引いてしまう。

 「ちょっと、おふざけは止して。私は守護者ガーディアンなのだから、治癒ヒーリングも立派な仕事のうちなの」

 「す、すまんっ!」

 「と、言いながら顔を引かないで」

 兄に詰め寄るラウラ。が、彼女は足元を見ていなかった。

 その上、両足切断から回復したばかりで、まだ本調子ではなかったのが災いする。

 何もない地面につまさきを引っ掛けて、バランスを崩した。

 「きゃっ!?」

 「っ!? あぶなっ――」

 兄は、ラウラの肩をつかんで支える。それは、無事に間に合ったが、

 「ンっ!?」

 ラウラは、兄の頬にキスしていた。

 もちろん、意図的ではなく、くちびるが誤って触れてしまったのだ。

 「うぉっ……!?」

 「ご、ごめんなさいっ」

 ラウラは、あわてて顔を離す。

 「いや……べ、別に」

 兄も、顔をそらす。

 事故とはいえ、二人の頬は徐々に朱を帯びていった。

 (い、今の……キス、だよな?)

 頬を押さえると、一瞬前のなまめかしい感触がよみがえってしまう。兄は、顔を勢いよく振った。

 知らない異性といきなり接触できるほど、兄は軟派ではない。

 ほんの少しラウラのほうを見ると、彼女も兄のほうを見ていた。目が合ってしまう。

 (そういえば、ラウラってまだ10代らしいんだよな……)

 変わった点もあるが、彼女も兄と同年代の少女であることには変わりない。そう考えると、兄はもやもやした。

 「……! ごめんなさい」

 「いや……いいって」

 「……」

 「……」

 二人とも、黙り込んだ。気まずい沈黙が漂う。

 「ちょっと、二人ともおおおぉぉぉっ! 私を差し置いて、いったい何やっているんですかっ! 兄さんにチューしていいのは、私だけなんですよっ」

 「そうね……兄妹の仲に、水を差す気はなかったのよ」

 ラウラは、すまなそうに言った。

 「いや、『そうね』じゃないよ! そこはおかしいと思ってくれよっ」

 兄は、妹のことは好きだが……さすがに、血のつながった相手との関係には、限度があると考えていた。

 「兄さんっ、兄さんっ! もう、もうっ……! 私ゆるせません! 私でお口なおしして下さいっ! ん~~っ……♡」

 「だから、妹とそんなことできるかっ!」

 くちびるを突き出して迫る妹の頬を、兄は必死に押さえなければいけなかった。

 

 アメリカ合衆国、モンタナ州。

 都会から離れた郊外のこの地域に、大して流行らない総合病院があった。

 そここそ、秘密銀河計画SGPの拠点のひとつだという。

 ラウラの瞬間移動テレポートでそこに渡った兄妹は、(別々の)ベッドを用意してもらった。一時間ほど、仮眠時間を与えられる。

 ――そのはずだった。

 「……で、なんで妹ちゃんが俺のベッドに入ってきてんのかな!?」

 「いや~っ、あはははは! ごめんなさい兄さん、どうしても寝付けなくって♡」

 疲れていて、兄は横になって数分でウトウトしはじめた。

 しかし、妹のダイビングでたたき起こされたのだ。

 今や、妹の脚やおなか、胸や腕が、兄に触れている。タオルケットごしとはいえ、とうてい健全とは言えない。

 (……たぶん、かまって欲しいって意味だよなぁ)

 自分からベッドに入り込んでおいて、少々恥ずかしそうに目を泳がせている妹――そんな憎めない様子を目の当たりにし、兄はこっそりため息をついた。

 「寝付けなくても、しっかり寝ておけ。じゃないと、この先もたないぞ? 思わぬ体力不足で、足を掬われるかも」

 「じゃ、じゃあ~兄さぁんっ、いっしょに寝て体力回復しましょうよぉ……ふふ♡」

 寝返りを打とうとした兄を、妹はがっちり掴んで固定した。

 「……あのさ、覆いかぶさったままじゃ、寝られないと思うんだが」

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