11:「いったい、どこを切り落とすですって? 英雄さん」

 その瞬間、和也のナイフが押し戻される。ラウラの体内から、何かがせりあがって、ついにその圧力はナイフを完全に押し出してしまった。

 「何だっ……?!」

 確かに、肩に突き刺していたはずなのに。

 ナイフが抜けたどころか、肩の血が止まり、傷口は消滅している。その上、肩をはずしたはずの右腕で、ラウラは泰然とナイフを構えなおした。

 「ちっ……!」

 ナイフを押し戻すほどの回復力――それは、和也の想像を上回っていた。

 (こうなったら……気は進まないが、腕か脚を切り落とすしかないか)

 身体強化フィジカルエンハンスメントを施し、和也は再び目にも止まらぬスピードで突進する。

 ……が。

 「……いったい、どこを切り落とすですって? 英雄ヒーローさん」

 そんな、余裕の声でからかわれたかと思うと。

 和也の右腕に、激痛が走った。

 「ぐっ……!? こ、これは……」

 和也のひじの辺りに、ナイフが深々と突き刺さっていた。

 ずぶっ、といやな音を立てて引き抜かれる。神経が焼ききれそうな痛みに、和也は叫んだ。

 「うあああぁぁぁぁぁぁっ!」

 それでもラウラは、攻撃の手を止めない。大きく体をひねり、和也の腹へ回し蹴りを繰り出す。

 痛みのあまり反応の鈍った和也は、それを真正面から喰らってしまった。蹴飛ばされ、数メートル後ろにしりもちをつく。

 「くそ……うぅっ、どうして反応された……っ!?」

 「ふっ……私には、透視クレアボヤンスの能力もある」

 「何……!?」

 和也は驚愕した。

 彼が知っているだけでも、瞬間移動テレポート遠隔交信テレパシー感覚感応エンパシー遠隔透視リモートビューイング透視クレアボヤンス、そして治癒能力ヒーリング――それほど、大量の能力に秀でているというのは、尋常ではない。

 確かに俺に挑んでくるだけのことはある――と、右ひじを押さえながら、和也は顔をゆがめた。

 「あなたの脳から腕まで……体内の運動神経パルスを透視クレアボヤンスした。そうすれば、あなたの筋肉が動き出す前に、察知できる」

 「!? な、なるほど……ぐっ!」

 透視クレアボヤンスをそんな風に使えるとは、和也は思いもしなかった。

 その驚きともども、意識が激痛で塗りつぶされていく。

 「あなたのような人間でも、痛みを感じるのね?」

 「当たり前だ! 俺はロボットじゃない! 人間なんだっ、だから人間らしい労働環境をよこせ!」

 ラウラは、凄惨な笑みを浮かべた。

 「どれほど肉体を強化したところで……フンっ」

 和也を注視しつつ、ツカツカと靴を鳴らしながら近寄る。

 「に、兄さんっ!」

 妹が、脇から悲痛に叫んだ。

 ラウラの姿が、刻一刻と大きくなる――

 (くっ……こうなったら)

 和也が得意としているのは、念動力サイコキネシスを、「刀で切る」というイメージで増幅し、その発動を容易にすることだ。

 実際に刀で触れなくても、対象を切断すること自体は不可能ではなかった。

 痛んだ右腕を左腕でかばいつつ、ナイフを――

 振り下ろす前に、ラウラが地面を蹴った。

 「私の勝ちよっ、カズヤ・レイガミネ!」

 ラウラのナイフが、首もとめがけて襲い掛かる。が、

 「――えっ」

 実際に突き刺さることなく、ラウラは地面に倒れた。

 脚がなくなったため、走れなくなったのだ。

 「……ばかなっ!?」

 ラウラの、両足の膝から下がばっさり削がれていた。

 「くっ……そんなっ、いつの間に……う、ぅ」

 「観念しろ、ラウラ」

 右腕をかばいながら、和也はラウラの前に立った。そして、首もとにナイフをつきつける。

 「……っ!」

 ナイフの冷やかさと、それから膝から大量出血していることが効いたのか、ラウラの顔がどんどん青ざめていく。

 ラウラが脚を失い、這いずっているという構図にショックを受けたのか、妹も少々顔をしかめていた。

 無論、和也とて気分がいいわけではない。

 「……さすがに、完全に真っ二つにされちゃ治癒ヒーリングしようもないだろ? 降参してくれたら、くっつけてやるよ」   

 「はぁっ……はぁ、ぁっ……!」

 ラウラは悔しそうにくちびるを噛んでいる。が、痛みには耐えられなかったらしく、

 「……分かった。負けを……認める……ぅっ!」

 涙ながらに、そう言った。右腕のナイフが離され、地面に転がる。

 「いい子だ」

 和也は、ほっとため息をついた。

 

 「決闘」が終わってしまうと、事は簡単だった。

 和也が念動力サイコキネシスで出血を制御しながら、ちぎれた両足をもとの場所にくっつける。

 そこを、ラウラが治癒ヒーリングして、切断された組織を再生する。

 およそ十分ほど安静にしていると、ラウラの容態はもとに戻った。

 無論、和也のほうも、怪我した右ひじを止血している(妹が強く主張したので、彼女に布を巻いてもらった)。

 「――と、いうわけで。結局、兄さんの圧勝に終わったワケですけど……ねぇラウラさん、そうですよね? はぁっ……まったく、宇宙人が人類滅亡を狙ってるっていうのにっ! 貴重な戦力である兄さんに、私情でケガをさせるなんてっ! いったい、どういう神経してるんでしょうかねっ?!」

 「ぐっ……!」

 妹は、水を得た魚のようにラウラを言葉責めにしていた。

 ラウラは地面にじかに腰かけている。乱れた金髪と、蒼白な顔が痛々しい。

 「いや、別に圧勝ってほどでは――」

 「あ~ぁっ、バッカみたいですねっ?! これに懲りたら、ラウラさん、二度と兄さんに逆らっちゃダメですよ。実力のない人がある人に嫉妬なんかするから、こうなるんですっ」

 兄が横槍を入れる間もなく、妹はひたすらラウラをなじる。

 「その上、あなたは兄さんの『ドレイ』になるって約束したんですからねっ! 覚えてますよねっ!?」

 「……覚えているわ」

 ラウラは顔を上げて、あきらめたように兄弟を見た。

 「全力を尽くして負けた以上……もう言うことはない。それに、任務を無視し続けるわけにはいかないし……今後はあなたに、カズヤに従わせてもらう」

 「ず、ずいぶん殊勝だな……。いや、でもさ、『ドレイ』とかはぶっちゃけどうでもいいよ。これから、くだらない勝負なんてしかけないでくれさえすれば、俺は別に――」

 「とはいえ、私も鬼ではありませんっ。ラウラさんもご自分のお仕事があるでしょう。ですから……兄さんの肩をもむ、兄さんにお靴を履かせて差し上げる、兄さんのお背中を流す、そのほか兄さんとちょくせつ接触するようなご奉仕は……ふふっ♡ ……妹の私が、代わりにやっておいてあげますっ! ありがたく思ってくださいっ」

 妹は、夢見るような表情で、両手を握り合わせた

 「いや、妹ちゃんそれ最初からゼッタイ譲るつもりないだろ」

 「もちろん、ちょっとえっちぃ部類のご奉仕も、私が専任しますからっ♡ そこはご安心ください」

 「なんだそれは!?」

 兄がツッコミを入れると、妹はクスクス笑う。

 「こういうやつですよ、兄さん♡」

 妹は、グラマラスな胸を兄の背中に押し付けた。そして、兄の胸に腕を回す。

 「……っ!」

 柔らかく抱きつかれる感触に、和也の思考が停止する。

 それは、思春期の男性を確実に前後不覚にさせる、一種の「超能力サイキック」だった。

 「ですから、ラウラさんは荷物もちをしたり、瞬間移動テレポートで兄さんの足代わりになったり、喉が渇いたら飲み物を買ってきたり、そんなことをしてくれればいいんですっ! どうですか、簡単でしょうっ」

 「い、妹ちゃん……!」

 最初に「ドレイ」という極大な要求をしておいて、後から「パシリになるだけでいい」などと要求を下げる――そんな巧みな話術で、妹は確実に言うことを聞かせようとしているようだった。

 (やっぱり女って……いや、妹ちゃんってしたたかだよなぁ)

 その時、ラウラは小さく笑いはじめた。

 彼女のリラックスした表情は初見だ。兄も妹も、びっくりする。

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