10:和也 vs ラウラ ナイフ血戦
「……言っておくけど、超能力を使わないというだけよ。ナイフは如何様にでも使わせてもらう。つまり、相手に突き刺し、戦意を喪失させるまで、戦いは終わらない。そういうルールだから」
「……どうしてこうなった」
妹の出した条件をあっさり飲み込んで、ラウラは兄に対峙していた。
「もし負ければ、和也のドレイになる」――そんな条件、普通なら飲むはずもない。
これで、面倒くさい勝負なんてしなくて済むだろう。
と、考えていた和也は甘かったらしい。
確かに、和也が勝てれば、二度とラウラが勝負をしかけてこないように「命令」することができる。その点は悪くないが……。
妹は、ひそかに和也と目を合わせる。ニコッとずるい笑みを浮かべ、ピースサインまでしていた。和也は、舌を巻いてしまった。
(妹ちゃんって、したたかだなぁ……)
もっとも――
「何でも言うことを聞くドレイ」などと、重すぎる条件を平気で引き受けるラウラも、どうかしている。
和也は、つとめて穏やかに問いかけた。
「ど、どうしてそこまで、俺が嫌いなんだよ」
「言ったでしょう。私は
「……あのな。こちとら、1年に休みが3日しかないのに、やる気なんて出せるかよ! そんな環境でやる気だしてたら、こっちの身がもたないって。分かるだろそれくらい?」
「問答無用!」
ついに、ラウラが突進してきた。
「くっ……しかたねぇっ!」
ラウラのナイフを、横に構えた和也のナイフが受け止める。きしんだ金属音がし、双方のナイフがはじかれた。ナイフだけでなく、腕にもそれなりの衝撃が走る。
しかし、ラウラはひるむことなく、さらに斬撃を繰り出した。
2回、3回、4回――と、激しくナイフが突かれた。
ラウラは眉間にしわを寄せ、憎しみを隠しもしない。攻撃の激しさだけでなく、気迫も圧倒的だ。
(なるほど……口先だけじゃないってことかっ!)
ラウラは、体をかがめた。脚全体をバネのように縮め、一気に地面を蹴る。
「ふぁっ!」
跳躍中に、ラウラは曲げていた腕を伸ばし、ナイフを突き出してくる。ナイフの位置を錯覚させよう、という腹づもりなのだろう。
「っ!」
兄は、その刺突を受けきれるか不安を覚え、けっきょくあきらめた。代わりに、大きく体を側転させてかわす。
「怖気づいたの?!
和也をなじりつつ、ラウラは体をひねった。彼の首もとを切り裂くような位置に、ナイフをひらめかせる。
(早い……っ!)
それは、いつわらざる感想だった。
ラウラの能力は未知数だったが、ナイフ捌きだけなら、少し鍛えたていどで達する領域ではなかった。
生まれてからずっと、訓練に明け暮れてきた――そんな匂いを、和也は感じ取る。
かがんでナイフをかわし、彼は数歩分飛びのいた。
「あんた……俺と同じみたいだな」
「何の話よっ」
――と聞いておいて、しかしラウラは話をする気はないらしい。執拗に和也の首もとを狙い、刺突を繰り返した。
似通った刺突の軌跡を繰り返したことで、そこに兄の付け入る隙が生じる。
ラウラの右腕を狙い、和也はナイフを突き出した。そのまま――
突き刺さず、こぶしで殴る。
「がっ……!?」
その殴打によって、ラウラの右腕が折れた。
相当な痛みがあるらしく、彼女は目を限界まで見開いている。
折れた右腕を左腕でかばい、彼女は後退した。
「ナイフを落っことさなかったのは、さすがだな」
「うるさい!」
即座に左腕にナイフを持ち替える。そして、しゃがみながらこちらの様子を窺っていた。
どちらかというと優雅な雰囲気だった長い金髪が、今は余裕もなく乱れている。
(……ていうか。超能力禁止なのに、今ちょっと使っちゃったなぁ、たぶん)
和也はひそかに嘆息した。
そもそも、意思を持って行動しない人間というのはいない。
どんな些細な
だから、超能力を使ってしまったかどうか、という線引きはあいまいなものだし、線を引く意味もない――
という言い訳を、和也は思い浮かべた。
(……まぁぶっちゃけ、ちょっとくらい使ってもバレないよなぁ。言わなきゃ良いだけだし。こんなやつに付き合わされるのも疲れるし、サクっと超能力使って倒しちゃうか)
にやり、と和也はほくそ笑む。
約束違反、ではあるのだが、そんなことを構う彼ではなかった。
(うわ~っ……! 努力しないで結果を出すって、最高っ……!)
秘密結社・ヤタガラスで日々酷使されていた彼にとって、その言葉ほど魅力的なものはなかった。
努力すればしただけ、次の仕事が回されるだけ。
休みも満足に与えられなかった。
「いかに手を抜いて任務をこなすか」ということだけ、やたらに上手くなっている和也だった。
「あなた……いま、内緒で
「……っ!?」
和也は、不意打ちで頭を殴られたような気分になった。
(ば、ばれてる……!?)
ラウラは立ち上がり、ゴミを見るような目で和也をにらむ。
「私は地球の
「そ、そんなっ……! くだらない勝負を楽して切り抜けようという、俺のカンペキな作戦がっ」
すると、ラウラは目を閉じた。折れた右腕に左腕を当てて、十数秒――
「そっちがその気なら……私もそうさせてもらう」
「なっ!?」
ラウラは、折れたはずの右腕にナイフを持って、再び和也に突進してきた。
「再生能力……だとっ!?」
「正確には、私自身に
右腕による刺突は、当初と同様の鋭さを取り戻して、和也に迫ってきた。
間一髪のところで、ナイフの切っ先を滑り込ませる。鋭い音とともに、二人のナイフがはじかれた。
「……そうかよ。なら、こっちもやってやるっ!」
和也は、一瞬で意識を集中し、雑念を排除する。
「風通し」のよくなった意識の海を通って、
すばやく突進する――というイメージにしたがって、和也の跳躍力が相応に強化される。
彼は、地面を蹴った。
「なっ……」
次の瞬間、彼のナイフはラウラの右肩に深く突き刺さった。ラウラが指一本動かす間もない。それほどのすばやさだ。
しかし、それでは終わらない。
超能力によって切断力を強化したナイフで、彼女の肩をえぐる。
「ごぎっ」というイヤな音がして、肩関節がナイフで取り外された。
「うぐっ……あああぁぁぁぁっ!?」
ラウラは苦悶の表情を浮かべる。
「……どうだ、もう参っただろ。いくら
「さすが兄さんっ! 超能力解禁したとたん、イキイキして……この女を調教し始めましたねっ! どうせ兄さんの勝ち確定なんですからっ! 今のうちに、ご主人様が誰か教えてやったらいいんですよっ!」
妹が興奮して、何か過激なことを口走っている。それを無視して、
「そろそろ降参しろ、ラウラ。俺だって、うらみもないやつに怪我させたくないしな」
するとラウラは、痛みにうめきながらも気丈に和也をにらんだ。
「……まだよ、まだっ。私は、まだ負けてないっ!」
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