09:「兄さんのドレイになるんですっ!」
「……なんだか、公式サイトの説明文を丸コピペしてきたような丁寧な説明だな」
「公式サイトなんてないわよ。秘密結社なのに」
ラウラは、鼻を鳴らした。
「そりゃそうだ。でも、ふぅん……宇宙人ねぇ。にわかには信じられないけど」
「貴方たちヤタガラスだって、この国の国民には秘密にされているのでしょう? それと同じことよ。地球外文明の存在は、関係者以外には徹底的に秘密にされている」
「まぁ、
和也はうんうんとうなずく。妹も、兄の顔を見ながら同様にうなずいた。
「ヤタガラスも、日本のいち秘密結社として
「知らなかった。……まぁ俺ってまだガキだし、たんなる戦闘員だから、そこまでは知らされてなかったんだと思う」
とくに恥じ入るわけでもなく、和也は淡々と言った。
別に、ヤタガラス内で出世したいとか、そんなこと、彼は考えたことはない。
彼が欲しいのは、ただ休みだけだ。
「うぅっ! 私たち兄妹、いくら強くても下っ端なんですねっ。下っ端じゃなかったら、こんなにお休みなしで働くわけないですもんねっ」
「いや、昇進したほうがもっと仕事きついなんてこともあるんじゃないか? たとえば……そう、一年に休み一日だけとか」
妹は、自分の顔を手のひらで包み込み、うなだれた。
「そんなのいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 兄さんと、ぜんぜん会えないじゃないですかっ。そんなの私、舌噛んで死にますよっ。あ、兄さん、その時はせめて私の舌を――」
あ~ん、と口を開ける妹。そのおでこを、和也はピンと弾いた。
「イタッ!?」
「はいはい、冗談冗談。で、ラウラ、続けてくれ」
「……次も、たぶん貴方が知らないことを言うわ。そして、最悪の報せをね」
ラウラはため息をついて、
「つい先刻、ヤタガラスの構成員の大半が殺害されたことが確認されたわ。だから今後、貴方たちの指揮権は私たちに委譲される……ということなの」
「……はっ?」
和也は、思わず大口を開けた。何を言われたのか、一瞬、理解ができなかったのだ。
「そ、そんな……今なんて言った?!」
「ヤタガラスが全滅した――と言ったのよ」
「な、なんだよそれっ。何かの間違いだろ? ほんのちょっと……今日の朝までは、みんな普通に無事だったんだぞ?」
和也は朝、東京の地下基地から地上に出た。
別任務でよそに送られていた妹と合流し、東京駅まで来たのだ。その時点では、異常はなかった。
「でも事実よ。貴方たちが去った後に、やられたのでしょうね。けっこう、運が良かったのよ。貴方たち」
「う、ウソだろ……? だいいち俺らの組織が、一体誰にやられるっていうんだ!? 俺ほどではないにしろ、強い奴だってたくさんいたはずだぞ?!」
「オリオン・グループの宇宙人達が、ひそかに組織に進入していたようね。彼らのやり方はきわめて狡猾よ。自分たちが洗脳した人間を使って、スパイや工作員のように使っているの。……跡地には、死体さえほとんどなくって。その……」
ラウラは、胸に手を当てつつ、さらに十字を切った。
「彼らが蒸発して、焼け焦げた跡が……影のようになって、床や壁に残っていたそうよ」
「そんな……!?」
見慣れた地下基地がもぬけの殻になっている様を想像し、和也は戦慄する。
「あの、さ。俺と二人チームでやってた奴が、『ロ-06』っていうコードネームなんだけど。そいつは無事かな?」
「そこまで細かくは確認できていない。ほんの今朝方のことだから。けれど……生存者はひとりもいないようだし、亡くなったと考えたほうがいいわね」
「……そうか」
和也は陰鬱な顔で押し黙った。
「兄さん、その方はどんな方なのですか?」
「……俺ら、高校に潜入して要人護衛やってたんだけどさ。そいつも、俺と同年代くらいの女だよ」
「むっ……!」
妹は「女」と聞いて頬を膨らませる。
さすがに、「兄に近しい女が死んで良かった」などとは――腹の下がどうかは別として――言わなかったが。
「いや、護衛だからさ。常に護衛するのに、男女両方いないと都合が悪いときもあるんだよ。だからロ-06と組まされてただけで……妹ちゃんが想像してるような関係じゃなかったから」
「分かってます、兄さんのこと信じてますから」
と言いつつ、じろ~っと、妹は兄を凝視した。
和也はウソはついていなかったが、なぜか後ろめたい気分になる。目を泳がせていると、ラウラのほうと目が合った。
「……で、このあとは俺たちどうすればいいんだ」
「
和也は、大きくうなずいた。
「休みもらう前に、人類滅亡とか、絶対ヤダからな。めんどくさいけど、いちおう本気は出させてもらう。じゃあ、さっそく案内してくれよ」
「待ちなさい」
ラウラは、和也の足元に何かを放り投げた。
それは、ぎらついたコンバットナイフだった。
「……何だ、これ?」
「受け取りなさい」
「はぁ……」
和也は、おずおずとそれを拾い上げた。
「あ、分かった。がんばった俺へのご褒美か? でも、こんなの使う機会あんまりないって。それより、普通に休みを――」
ラウラは、和也を完全に無視して割り込んでくる。
「今までのは、あくまでSGPの意向であって、私の意図じゃない」
「……いや、意味分かんないんだけど」
「私はね……カズヤ・レイガミネ。貴方が気に食わないのよ」
ラウラは、自らも懐からナイフを取り出した。鋭い白刃を見せ付ける。
ラウラは味方ではなかったのか――そんな思いに、兄も、そして妹も、目を丸くする。
「な、何を……?」
「どうして、貴方なの? 妹にうつつを抜かし、休むことばかり要求する怠惰な貴方みたいな男が、こんな大役を授かるだなんて……許せない! 私は、ずっと
「えぇ!? いやいや……そんなことしてる場合じゃ」
「本当なら、私が地球を救って……
ラウラは、和也をにらみつけた。目の端には、かるく涙が浮かんでいる。
見た目は大人びているラウラだが。中身は意外にも、目立ちたがりな所があるらしい。
「超能力なしの、ナイフ勝負にしてあげると言ってるの。ありがたいと思いなさい」
「勝負自体お断りだよっ」
「来ないのなら、こちらから行くわよっ。惰弱なニセ英雄さんっ!」
和也の訴えにも、耳ひとつ貸さない。むしろ、ラウラは今にも突進してきそうにナイフを構えた。
戦うしかないのか?――と和也が覚悟しかけた時、妹が大声で口をはさむ。
「ちょっと待ってください、ラウラさん! この非常事態にいったい何考えてるんですかっ。そんなのおかしいですっ、仲間割れですよこれじゃぁっ」
「! そ、そうだよ。妹ちゃん、もっと言ってやってくれ」
助け舟を出してくれた妹を、和也はほっとした顔で応援する。
「ラウラさんは戦って気持ちよくなって終わりだから、いいかもしれないですけどっ! 兄さんには何にも旨みがないじゃないですかっ。勝負を求めるなら、それなりの対価を出してくださいよねっ」
「え? ちょっと……妹ちゃん何言ってんの」
すると妹は、兄に耳打ちした。
(しーっ、黙っててください兄さん。私にいい考えがあるんですから)
(お、おう……)
「……なら、どんな対価が望みなの?」
ラウラは、苛立ちを隠さずに腕を組んで見せた。
「ふふんっ……。いいですかラウラさん。兄さんが勝ったら、ラウラさんは兄さんの言うことを何でも聞くんですよ! 二度と逆らわないように……! そう、兄さんのドレイになるんですっ!」
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