08:「この状況で、妹と戯れて悦んでいるとはね」

 ラウラはきびきびとした動作でしゃがみこむ。兄の体をさすり、じっくり検分していた。

 「あ、あのっ! 兄、兄はどうなっちゃうんです!? どうにかしてください、貴方の言うとおりにしたからこうなったんですよっ!」

 妹は、涙ながらに訴える。

「……任務そのものは成功させたようね。もっとも、百点満点とはいかなかったようだけど」

 「そんなこと言われたって! 私たちはいきなり休日出勤させられたんですよ!? ちょっとくらい、上手くいかなくたって当然です! 良い仕事を期待するなら、サポートくらいちゃんとしてくれないとっ」

 すると、ラウラはまばたきした。

 自信ありげな印象が、少しだけ和らぐ。

 「へぇ。まだティーンエイジャーなのに、良いこと言うわね。まぁ、私もそうなんだけど」

 「……えっ?」

 ラウラは大人びているため、妹の目には「大人の女性」としか映っていなかった。

 「今回は、事態が急だったから、仕方がなかったのよ。……あぁ、貴方のお兄さん、まだ息があるわ」

 「本当ですかっ!?」

 妹は、血相を変えた。ラウラにキスしそうなくらいに顔を近づける。

 「ええ。貴方ほどではないにしろ、身体強化フィジカルエンハンスメントを施していたから、この程度で済んだんでしょう。まともな人間だったら、一瞬で体全体が蒸発していたところよ。それじゃ……」

 ラウラは兄の体に手を当てた。

 治癒能力ヒーリング――それは、超能力の一種だ。

 ラウラの体内にあるチャクラは訓練によって開発されていた。

 生殖器付近にある赤色神経叢レッドニューロプレクス(第一チャクラ)から、脳の松果体の中にある藍色神経叢インディゴニューロプレクス(第六チャクラ)まで、すべてが規則的な結晶構造を構成している。

 ラウラの頭頂部・紫色神経叢パープルニューロプレクスから、輝く創造クリエイションエナジーが降下。

 そして、緑色神経叢グリーンニューロプレクス、すなわち第四チャクラにまで到達した。

 第四チャクラは、心臓に備わっているだけあって、「愛」を司る器官。

 そこを経由して、創造クリエイションエナジーが、和也の体に注ぎ込まれる。いわば、ラウラは、水を注ぎ込むポンプのような役目を果たしていた。

 半分死んだようになった兄の体に、創造クリエイションエナジーが流入した。

 兄の自然治癒力が活性化。体の完全性を取り戻そうと、急速に全身の修復が始まる。

 そして――

 

 「う、うぅん……」

 五分ほど、ラウラが手をかざしていると、ついに兄がうなり声を発する。

 紅くただれていた皮膚もいつの間にか回復し、もとの滑らかな状態に戻っていた。

 「兄さん、兄さん! 目が覚めたんですか!? 痛いところとかないですかっ」

 兄は、驚いたように目を開ける。

 妹の顔が目の前にあり、少々気後れしたのだった。

 「お、いっ、妹ちゃんか。……あぁ、ないよ。ぜんぜん元気だ」 

 和也はあっさりと体を起こし、妹の頭をなでる。すると彼女は感極まって泣き出し、兄の胸に顔をうずめた。

 「うぇ、うっ、うぅぅぅ……にいざぁぁぁんっ!」

 兄は、困ったような顔で首をひねった。 

 「それにしても俺、いったいどうしたんだっけ。よく覚えてないや……」

 「どうやら、爆撃機には、まだ投下されていない核爆弾が搭載されていたようね。それが点火してしまい、ちょうど貴方たちのすぐ近くで爆発した――というところでしょう」

 ラウラは、肩をすくめて首を横に振った。

「一応、任務を果たしたかと思えば。妙なところで爪が甘いのよ、貴方たちは。呆れるわね」

 「その声は……! あんた、ラウラか?!」

 「そうよ。愚鈍な英雄ヒーローさん」

 ラウラは、バカにするように鼻を鳴らす。

 サポートはしてくれたとはいえ……。

 身を粉にして働いたのに、つれない態度をとられて、兄は少々カチンと来た。

 「おい、なんだよ。何か文句あるか?」

 「なぜ、貴方なのかしら?」

 「……はっ?」

 兄は、何を言われたのか分からなかった。

 「私なら、こんなヘマはせず、もっと上手くやれるのに……はっきり言うわ。気に食わないのよ」

 ラウラは腕を組み、兄妹をキツい視線でにらみつける。和也でさえ、その視線にまったく平常心ではいられないほどの、強烈な瞳だった。

 「おいおい、こっちは休日返上でやってんだ。もうすこしねぎらいの言葉とかは――」 

 「まぁ、いいわ。先に少し話がある。着なさい」

 ラウラは、持っていたバッグから服を取り出して、兄と妹に渡す。

 「これは……」

 「そんな格好では、どこにもいけないでしょう」

 妹の服は、銃弾のせいで穴だらけだ。兄のものも、核爆発の直撃を受けてほとんど燃え尽きている。

 要は、兄妹ともにはだかである。

 が、妹はイヤイヤと、わがままな幼児のように強く首を振る。

 「こんなとこで着替えられませんっ! 私が裸を見せられるのは、兄さんだけですっ」

 「だからって、そんな格好で外を出歩くって言うの? 良いから着なさいよ」

 「うっ……」

 幸い、兄妹が着地したのは人気のない東京の郊外だったらしい。屋外だが、いそいそとボロボロの服を脱ぎだす兄妹。

 「あぁ、そういえば妹ちゃんは水着着てきたんだったな。ちょっと煤けているけど……似合ってるぞ」

 和也は、さりげなく褒める。

 「やだっ、もぉっ♡ 兄さんのエッチぃっ♡」

 と言いつつ、妹は嬉しそうに白いビキニと肌をさらしていた。胸の下に腕を回すようにして強調し、兄に見せ付ける。

 「……っ!?」

 妹相手とはいえ、そこまで露骨なポーズをされて平静で居られるほど、和也は枯れていなかった。むしろ、そういう面ではごく普通の高校生と変わりはない。あわてて、目をそらしてしまう。

 「は、恥ずかしいだろ、そんな格好して。早く着るんだ」

 「兄さんに見られるんでしたら、私ぜんぜん恥ずかしくないですよっ。むしろ、いっぱい見てくださいねっ♡」

 「俺が恥ずかしいんだっ!」

 「ちぇ~っ、兄さんは奥手さんですね。まぁ、そういう所も私は好きですけど」

 「血のつながった妹に、積極的になる兄貴がいてたまるか!」

 妹は、ぶーたれながらも服を着る。

 ついで兄も着るが、二人とも、与えられたのはジーンズにTシャツという簡素なものだった。何であろうと半裸よりはマシなので、兄はとくに文句もない。

 が、

 「ふ~んっ、ずいぶんとオシャレっ気のない服ですねぇ」

 「私が、貴方たちくらいのときから着ているものよ。サイズが合うのだから、何だって良いでしょう」

 「サイズ? ……う~ん、丈はあってますけど」

 「何が不満なの」

「なんだか、胸のところがすごくキツいんですよねぇ。こう、しめつけられるというか……」

 「ッ……!」

 ラウラがぎりぎり歯軋りするのが、兄の耳にも届いた。

 (妹ちゃん、それ言っちゃいけないやつだろ……?)

 確かに、妹に着られたラウラのTシャツは、はちきれそうになっている。

 とはいえ、ラウラの胸が平坦すぎるというわけではない。むしろ、原因は妹がグラマー過ぎるということにあるらしかった。

 ちらっ、ちらっ、と瞳を左右に動かして見比べながら、和也は

 「い、妹ちゃん……。年上の外人さんに体型で勝つとかすごいな」 

 「ふふんっ、そうでしょう? もっと褒めてくれてもいいんですよ、兄さん。そしたら、こうして触らせてあげてもいいんですけど……♡」

 「うわっ……!?」

 妹は、不可視のハートマークを飛ばしながら、兄の背中に抱きついた。当然、薄いTシャツごしに柔らかな感触が伝わる。

 「……ちょっ、妹ちゃんはしゃぎすぎだ! 他人が見てるだろ」

 「休みももらえない私たちに、人目を気にする余裕なんてありませんよ♡ ほらっほらぁ♡」

 「うおぉぁっ!?」

 兄と妹は、そんな大人びた触れ合いを続ける。蚊帳の外に置かれたラウラは、いやそうな目線を向けていた。

 「……この状況で、妹と戯れて悦んでいるとはね。ずいぶん余裕があるじゃないの。治癒ヒーリングする必要もなかったかしら」

 「ちっ、違う! 戯れてなんかっ――」

「貴方の性的嗜好なんてどちらでもいいわ。それより、話を進めさせてもらいたいんだけど」

 「性的嗜好」という言葉にツッコミを入れたくなる和也だったが、ひとまずその衝動を抑える。妹も、兄にまとわりついたままラウラのほうを見た。

 「結論から言う。貴方たちは以後、私たち『秘密銀河計画SGP』の指揮下に入りなさい。そして、敵性宇宙人バッドエイリアン・オリオングループの策動を、全て潰すの。それが、人類の生き残る唯一の道だから」

 「……あの、質問いいかな?」

 兄は、おずおずと手を上げた。ラウラは、人を殺しそうな目線を投げながら、返答する。

 「どうぞ」 

 なぜ彼女がいらだっているのかは、和也には分からなかった。

 怒らせる原因が、いくつも思い当たって……。

 ともかく和也は質問する。 

 「えす、じー、ぴー? って何だ?」

 「秘密銀河計画SGPは、アメリカ合衆国を中心に、数多存在する秘密結社の連合体。高度な技術と超能力サイキックのノウハウを保有し、宇宙人との交渉をしている組織よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る